「政宗は静岡おでんの担当だっけ?」

「ああ、そろそろ具材が足りなくなりそうなんだよ」

「ふあ〜〜! この静岡おでんならではの黒い出汁(だし)、懐かしい。とろける牛すじと、黒はんぺん、出汁の味がたっぷりと染み込んだ大根に、青海苔(あおのり)とだし粉をかけて食べるのが最高なんだよねぇ」


 ぐつぐつと煮込まれたおでんの前で花が感嘆すれば、政宗がペシン!と花の背中を叩いた。


「アイタッ! 何するの⁉」

「ヨダレでも垂らしそうな顔で、鍋の中を覗き込むんじゃねぇよ。ほら、さっさとその具材を串に刺せ。早くしないとまた次の客がどんどん押し寄せてきて、間に合わなく──」


 と、朝からテキパキと働いていた政宗は、不意に視線の先に現れた人物を見て動きを止めた。


「政宗?」


 花がその視線の先を辿れば、そこには政宗によく似た顔立ちの壮年の男性と、後ろには久しぶりに顔を合わせる黒百合が立っていた。


「大旦那しゃま……」


 ぽつりとつぶやいたのは、スッカリ元気になって、今日も政宗と一緒に仕事をこなしていたニャン吉だ。


「久しぶりだな、政宗」


 神成苑の大旦那こと政宗の父である光秀は、政宗を見るなり眉間に深くシワを寄せ、低く重い声を出した。

 つくもで縁日を開催することを伝えたのが、約二週間前だ。

『つくもには政宗坊のことでご迷惑をかけているし、是非顔を出させてほしいということだったわさ』

 最初は、誘ったところで断られる可能性もあるかと考えていたが、結果としてふたつ返事で了承してもらえた。


「さて、大旦那様。ワイたちも、ご相伴にあずかるわさ」


 光秀は黒百合に促され、ゆっくりと政宗に近づいてきた。

 今更ながら、花の身体にも緊張が走る。

(というか、大きい……)

 光秀は有に一九○センチはあろう、大柄な身体つきをしていた。

 細く長く伸ばされた鼻下の髭と、頭の後ろで結われた髪は、どちらも毛先が燃えるような赤に色づいている。