「……俺は別に、お前に親父のことで協力してもらう義理はねぇけど?」


 胸の奥のざわめきに気づいた政宗は、花からそっと目を逸らした。

 対して鈍い花は「うーん」と色気無く唸ったあとで、ハッと何かを思い出したように瞳を瞬かせると、再び嬉々とした様子で政宗の顔を覗きこんだ。


「……っ! だからお前はイチイチ顔を近づけんなって──!」

「それは、ほら、タオルのお礼よ!」

「タオルの礼だぁ?」

「そう! 政宗の助言通り、大浴場にもタオルを置くようにしたら、お客様たちが喜んでくれたの! だから私が政宗に協力するのは、そのタオルのお礼! ねっ、これなら納得でしょう?」


 フフンと自慢気に鼻を鳴らした花を前に、政宗は今度こそ呆気にとられた顔をした。

 しかし、すぐに我に返ると複雑な気持ちで花の顔を眺め、再び短く息を吐く。


「なんだかなぁ……」

「何よ? まだ何かあるの?」

「まぁ……あるといえばあるな。そもそも、テメェは八雲の嫁だろう。他人の家のことに勝手に首を突っ込んで、今度はテメェの旦那が怒りだすんじゃね?」

「え……」


 唐突に飛び出した八雲の名前に、花の胸の鼓動がドクンと跳ねた。

 ここ最近の花は、八雲に対する想いと自分の置かれた現実とで揺れ動き、八雲ともギクシャクした関係が続いていたのだ。


「べ、別に……。私が政宗のことに首を突っ込んだからって、八雲さんが怒るなんてことはないと思うけど──」

「──政宗、ようやく目覚めたようだな」


 と、そのとき。まるで花の動揺に(いざな)われたが如く聞き慣れた声が聞こえて、花は慌てて口を噤んで肩を揺らした。

 ゆっくりと振り返れば案の定、部屋の前に八雲が立っている。


「ケッ、噂をすればなんとやらだな」


 花の心臓は、早鐘を打つように高鳴り始めた。

 鶯色の着流しをまとった八雲は、今日も凜としていて目が眩むほどに美しい。