「それと、もうひとつ……。私と八雲さんはうまくいくわけないって言ったり、色々と酷いことを言ったのも、本当は私と八雲さんを心配してくれてたからなんでしょう?」


 花が続けて尋ねれば、今度こそ政宗はバツが悪そうに顔を歪めた。

『付喪神同士でもうまくいかねぇんだ。お前と八雲だって、この先どうなるかなんてわかんねぇぞ……っていう、優しい俺からの有り難い忠告だよ』

 思い出すのは、以前に政宗から言われた言葉だ。

 あのときは酷い暴言だとしか思えなかったが、政宗の心の傷を知った今では、その言葉の裏に隠された想いが痛いほどわかる気がした。


「政宗は八雲さんと私が、将来、自分のお父さんとお母さんみたいになるんじゃないかってことを心配して、忠告してくれてたんだよね?」


 確信を持って花が政宗に問えば、政宗は、「ほんと、テメェの頭の中はお花畑なんじゃねぇの?」と(うそぶ)いた。

 
「ねぇ、政宗。もう一度、お父さんとよく話したほうがいいと思う」


 花がこんなことを言うのは、それこそ余計なお世話かもしれない。

 それでも不器用な政宗を見ていたら、花は言わずにはいられなかった。


「政宗……?」

「……お前は、本当に変な女だな」

「え……?」

「思い込みで勝手に人のことをアレコレと決めつけやがって。本当に……呆れるくらいにノーテンキで、馬鹿な女だ」


 と、不意に口を開いた政宗は、どこか遠くを見るような目で天井を見上げ、「ふぅ」と短く息を吐いた。


「俺だって……話す前はいつも、冷静に話そうと思ってるんだ。だけど親父を前にすると、お互いに感情的になって……。結局、いつも最後には感情のぶつけ合いと、罵り合いになるんだよ」


 諦めを浮かべた表情で、政宗が苦笑する。

 花の胸は鋭い針で刺されたように、チクリと痛んだ。

 これまで政宗は、何度も父と向き合おうとしてきたのだ。

(だけど気がつくといつも言い争いになって、言いたいことの半分も相手には言えなくて、悩んでたんだ……)


「わかったらもう、余計なお節介は──」

「うん、政宗! 言いたいことはよくわかったよ!」

「おあっ⁉」


 唐突に叫んだ花は政宗の言葉を切って身を乗り出すと、動けない政宗の頬を両手で挟んで瞳の奥を覗き込んだ。


「な……っ、テメェッ! いきなり何しやがる──」

「今、政宗が言ったとおり。もし、感情的になって話せる自信がないなら、私でよければ、そのときはそばにいるよ!」

「ハ、ハァ⁉」


 突拍子もない花の言葉に、政宗は狐につままれたような顔をして固まってしまう。


「だって、さっきも言ったけど、私は政宗は間違ってないと思うし。だから、いざとなったら私も一緒に政宗のお父さんに抗議する! それで、私が感情的になりそうだったら、そのときは政宗が止めて! そしたらほら、政宗は逆に、冷静にお父さんと話ができるかもしれないでしょ?」


 興奮しきった花が「フンッ!」と鼻息を荒くすれば、政宗は呆気にとられた様子で花の顔をまじまじと眺めた。

 けれど、すぐに「フッ」と息をこぼすと、花に両頬を掴まれたままで柄にもなくケラケラと笑いだした。


「政宗?」

「バ……ッカじゃねぇの? 付き添いのはずのお前が、なんで感情的になるんだよ。頼りなさすぎだろ!」

「い、いやいや。もしも政宗が感情的になったときには、責任持って私が止めるし!」

「どーだかな。そもそも俺が龍神になった姿を見てビビってたような奴が、マジもんの龍神な親父に立ち向かえるはずがねぇだろ。ちったー考えろよな」

「う……。そりゃ、確かにそうかもしれないけど……」


 つい口籠った花は、続く言葉を頭の中で必死に探した。

 確かにマジもんの龍神には会ったことがないので怖い気持ちもある。

 それでも、花は──。


「とりあえずもう、政宗のことは怖くないし」

「……ハァ?」

「それに、やっぱりこのまま見てみぬふりで、放っておくことなんてできないから……。だから、私は政宗にはもう一度、お父さんときちんと話してほしい」


 花が政宗の頬から手を離してつぶやけば、政宗はそっと目を細めて花の顔を静かに見つめた。

 その眼差しには、政宗が初めて抱く感情が滲んでいる。