「いいにおい……」
花がつぶやくと、八雲はおもむろに買ったばかりの煎餅をふたつに割った。
パキリッ!と小気味よい音が鳴り、円形だった煎餅が半月になる。
「ほら」
「え?」
「顔に食べたいって書いてある」
思わず花は、差し出された煎餅と八雲の顔を交互に見た。
そうすれば澄んだ黒目がちの瞳を細めて、八雲が艶っぽく笑う。
さらりと風に流れて目にかかった前髪と、緩く弧を描いた唇がやけに色っぽい。
花は胸の鼓動がトクン!と音を立てたのを聞いて、慌てて顔の前で手を振った。
「い、いえっ! そんなに食べられないです!」
「たった今、しょっぱいものが食べたいと言ってなかったか?」
「う……、た、確かに言いましたけど……。でも、なんというか今は食欲と乙女心の葛藤がすごいというか……」
「乙女心?」
しどろもどろに答えて顔を逸らした花は、自分の食欲旺盛ぶりを今さら恥じた。
そんな花を、八雲は不思議そうに見ている。
「何をわけのわからないことを言って……というか、花。お前、あんこついてる」
「え──」
そして葛藤する花に追い打ちをかけるかのように、不意に八雲の綺麗な指が花の口端を優しく拭った。
一瞬、何が起きたのかわからず呆けた花は、顔を上げると瞬きを忘れて固まった。
対して八雲は、あろうことか、あんこを拭った指を無造作に、自身の口に運んでぺろりと舐めた。