「……そうそう。おふたりがつくもに戻られてから、花さんは仲居の仕事と両立しながら、夜の睡眠時間も削って、おふたりを懸命に看病しておられましたよ」
揶揄うように言った黒桜は着物の袖で口元を隠し、颯爽と部屋を出ていった。
当の政宗は案の定、居心地が悪そうに顔を歪めている。
花はそんな政宗を見て困ったように小さく笑うと、言葉を選びながら再び政宗に問いかけた。
「ねぇ、政宗はさ。どうして現世に行きたかったの?」
こんなことを聞いても、政宗は答えてくれないだろう。
わかっていても、花は聞くなら今しかないと思った。
しかし、案の定、政宗は答えない。
(待つ、か……)
花は、そんな政宗の横に腰を下ろしたままで、ひたすらに政宗の答えを待った。
そうして一分が過ぎ、二分が過ぎ……。沈黙が三分ほど続いた頃、とうとう根負けした政宗が、不本意そうに口を開いた。
「別に…………ただ、見たかっただけだ」
「見たかっただけ?」
「死んだ母親が、恋い焦がれた世界を見てみたかった。骨になっても帰りたいと願った場所に、ただなんとなく興味があったって、それだけだ」
予想を越える素直な答えに、花は咄嗟に返す言葉に詰まってしまった。
政宗なりに、花に感謝の意を表すつもりで正直な胸の内を吐露したのだろう。
政宗のプライドの高さを考えれば、きっと、忸怩たる思いであることは察するに余りある。
「でも、それなら何も、神成苑の若旦那まで辞める必要はないよね?」
「親父の意見に賛成できないのに、若旦那を続けて親父の跡を継ぐ方が理にかなわないだろう」
「それは……まぁ、確かにそうかもしれないけど。でも、それで本当に若旦那を辞めて現世に移り住んだとして、政宗はどうやって生活していくつもりなのよ?」
「……そんなもんは、YouTuberってやつになれば、なんとかなるだろうと思ってた」
「YouTuber⁉」
「現世で今一番流行っている仕事がそれだと、前に黒百合が言ってたんだよ。だから、現世に行ったら、それを生業にしようと思ってたんだ」
思いもよらない言葉に、花は唖然として返す言葉を失った。
対して政宗は、罰が悪そうにプイッと顔を反対に逸らしてしまう。
(まさか政宗が、現世でYouTuberになろうと思っていたとは……)
あまりにも意外すぎる。というか、ちょっと面白い。
当の政宗も、自分が浅慮だったことを今回の現世体験で思い知ったのだろう。
上を向いている耳は、隠しきれないくらいに赤く染まっていた。