「黒桜さんだって、政宗が寝込んでいる間もずっと、気にかけて看病してくれてたんだよ」

「…………」

「政宗の言い分は、全部余計なお世話だとか、自分の好き勝手にやらせろってことなんだろうけど。でも、だったらこんなふうに、周りに心配や迷惑をかけてちゃダメでしょ。例え政宗が言うことが正論だったとしても、今の状況じゃ、全部身勝手なワガママにしか聞こえないよ」

「テ、テメェ、偉そうに……っ」


 花がピシャリと言ってのければ、政宗は悔しそうに呻いた。

 寝込んでいた数日間で、小さな龍の姿だった政宗の身体は、すっかりと人の姿に戻っていた。

 しかし身体に力が入らないせいで、起き上がることは叶わない。

 眉間に深いシワを寄せた政宗を見ながら、花は再び小さく息を吐いた。


「とにかく政宗坊も、まだ神力が完全には戻っておりませんので、あと半日は安静でいる必要があります」


 続けて黒桜も、いつも通りの飄々とした調子で政宗を諌める。


「黒桜。テメェまで、偉そうに俺に指図しやがって……」


 政宗は拳を強く握ったが、やはり身体は動かない。

 そんな政宗の横で正座をして姿勢を正した黒桜は、至極冷静に政宗と向き合いながら言葉を続けた。


「ああ、それと、先日の答えを今、お伝えしてもよろしいでしょうか?」

「先日の答えだと?」

「はい。私が、“本当はこんなところで働くなんて、ごめんだと思ってるんじゃないのか?”という、質問の答えです」


 黒桜の言葉に、政宗が片眉を上げて驚いた顔をする。

 そんな政宗を前に、黒桜はとても静かに微笑んだ。


「私は……確かに政宗坊の言うとおり、ここへ来たばかりの頃は、私を焼き払おうとした人や、私をこの場所に縛り付ける常世の神、くだらない仕来りを始めとした多くのものを恨んでおりました」


 そうして黒桜は、ゆっくりと今の自分の思いの丈を語り始めた。

 何かを懐かしむように細められた目は、穏やかに政宗を見つめている。


「私はずっと、過去と向き会うのが怖かったのです。また昔のように怒りに飲まれて我を忘れ、他者を傷つけてしまうのではないかと、自分の弱さを恐れていました」


 だから黒桜は、現世に出るのを避け続けていたのだ。
 
 その昔、自分が住んでいた世界と、憎んでいた人が暮らす場所に降り立つのが怖かった。


「けれど結局、すべては(おのれ)次第なのだと気が付きました」

「己次第、だと……?」

「ええ。私は弱い。けれどそれが、私なのだと。未熟な自分に苦しんだ過去があるからこそ、今の幸せな自分がいるのだと開き直ったら、不思議ともう、嫌な気はしないのです」


 胸に手を当てた黒桜は、そっとまつ毛を伏せると柔らかな笑みを浮かべた。

 いつまでも過去に囚われたままでいるのか、過去を受け入れ前を向くかは自分次第だということだ。


「もちろん、前者が悪いというわけではありません。しかし私は、今の私が好きなのです。そして、今の自分は幸せだと気づかせてくれたこの場所が……つくものことが、私はとても大切なのです」


 言葉にすると心地が良い。

 フッと息を吐いた黒桜は、花がこれまで見てきた中でも会心の笑みを浮かべた。


「私はもう、自分の弱さに怯えることはないでしょう。大切なものを裏切るようなことはしないと、今度こそ常世の神に誓って言えますから」

「ハッ……馬鹿馬鹿しい、綺麗事だ」

「ええ、そうですね。他者から見れば馬鹿馬鹿しい綺麗事かもしれません。でも、政宗坊にもいつか、"自分は幸せだ"と感じられる日がくることを、私は心から願っております」

「……っ、偉そうにっ」


 そうして黒桜はゆっくりと立ち上がると踵を返した。


「フフッ、答えが長くなって申し訳ありません。では、私は政宗坊が目覚められたことを皆に伝えながら、ちょう助殿に何か食べられるものを頼んできますね」


 けれど、そう言った黒桜はすぐに立ち止まると、再び、布団の上に横たわる政宗を振り返った。