「は、花しゃま。戻るのが遅くなりまして、大変申し訳……ありませんでした……」

「ニャン吉くん……!」


 そばに駆け寄り、咄嗟に手を伸ばした花は、よろけたニャン吉の身体を小さな龍の姿の政宗ごと抱き留めた。


「どうしてこんなことに……」

「じ、実はあのあと、僕と政宗しゃまは現世に向かったのですが……」


 政宗は慣れない現世の空気と龍神の姿に変貌したことで早々に神力が弱まり、今の小さな龍の姿になってしまって身動きが取れなくなったということだ。

『政宗しゃま! 一度つくもに戻りましょう!』

『誰が……っ、あんなところに戻ってたまるか!』

 けれど、そんな姿になっても政宗は決してつくもにも、神成苑にも帰ろうとはしなかった。

 ニャン吉は何度も説得を試みたが叶わず、結局ふたりして完全に神力が尽きるまで、現世を彷徨い歩いていたということだ。


「政宗しゃまが動けなくなってからは、僕が政宗しゃまを背負い、どうにかここへ帰ろうとしたのですが……」


 ニャン吉も神力が尽きていたので、つくもへの帰り道を開くことができず八方塞がりとなった。


「そうして雨の中を彷徨っていたところ、偶然大きな木のある神社にたどり着いたのです」

「大きな木?」

「はい……。そしてそこにいらっしゃった、"弁財天(べんざいてん)しゃま"と、弁天岩(べんてんいわ)と名乗る"白蛇しゃま"が、つくもへ戻る道を開いてくださり、こうして帰ってくることができたのです……」


 ニャン吉の口から飛び出した聞き覚えのある名前に、花はハッとして目を見開いた。

 大きな木のある神社。

 そこにいる弁財天と弁天岩には、以前、八雲とふたりで会いに行ったことがある。


「ど、どうか、政宗しゃまを、ゆっくりとお休みさせてあげられる場所へ……運んであげて、くださいませ……」

「もちろんだよ! でも、ニャン吉くんも一緒に休まないと……! 雨に濡れて、ボロボロじゃない!」


 ニャン吉は政宗が動けなくなってからずっと、小さな身体で政宗を背負って歩き続けていたのだろう。

 花が叫ぶと、ニャン吉はヘラリと力なく笑って、花の手に小さな手をちょこんと乗せた。


「僕のことは、どうかお気になさらずです……。何よりも今は、政宗しゃまをお助けください……」

「なんで……っ。ニャン吉くんは、どうしてそんなに政宗のことばかり庇うの⁉」


 いたたまれなくなった花が堪らずに尋ねると、ニャン吉はそっと目を閉じて再び口元に笑みを浮かべた。


「政宗しゃまは、僕の恩人なのです……。政宗しゃまがいたから、僕は今も神成苑でお仕事ができているから……」


 言葉と同時に、ニャン吉の目から涙がこぼれる。

 
「政宗がニャン吉くんの恩人って……?」

「僕はもともと、付喪神としての神力が弱くって……。昔はそれを理由に、同僚たちから揶揄(からか)われておりました」


 揶揄われていたと言えば多少は聞こえが良いかもしれない。

 実際は一部の従業員たちから、ニャン吉は長い間、陰湿なイジメを受けていた。