「……とにかく、今は悩んでいても仕方がない」


 と、不意に、今の今まで黙り込んでいた八雲が口を開いた。

 ハッとして花が八雲に目を向ければ、八雲は相変わらず真意の読めない表情で、花たちのことを見つめていた。


「とりあえず今は、この玄関ホールを片付けることが先決だ。今晩も、お客様はいらっしゃるのだからな」


 確かに、八雲の言うとおりだ。

 残念ながら、今は政宗のことを深く考え込んでいる時間はない。


「そうですね……。まずは目の前にあることから、ひとつずつ片付けていかないと──」


 ぐぅぅううううぅぅうううぅう〜〜。

  そのときだ。不意に、いつかも聞いた、地鳴りのような音がつくもの玄関ホールに響き渡った。

  一瞬、その場にいる全員が動きを止めて、いっせいに音の主へと目をやった。


「ご、ご、ごめんなさい……っ!」


  鳴ったのは案の定、花の腹の虫だ。

(は、恥ずかしすぎる……!)

 花は慌てて自分の腹に手を当て頬を赤く染めたが、どう言い訳したところで後の祭りに決まっている。


「く、空気が読めなくて、本当にすみませんっ」

「そういえば、朝ご飯がまだじゃったのぅ」


 と、必死に謝る花に対して、相変わらず呑気なぽん太がつぶやいた。

 すると、黒桜も同調するようにニコリと笑って、「そうですねぇ」と着物の袖で口元を隠して穏やかに目を細める。


「朝から色々ありましたし、お腹が空くのは当然です」

「うむ。腹が減っては戦はできぬと言うしのぅ。まだまだ仕事は山積みじゃが、まずは腹ごしらえからするとええら」


 優しい声が、花の羞恥心を拭ってくれた。

 ふたりの言葉を聞いたちょう助はニコッと笑って胸を張ると、ひときわ明るい声を出した。