「だからといって、言い方というものもあると思いますし、本当に花さんのお心を痛めてばかりで申し訳ありません」

「謝らないでください。私は……もう、気にしていませんので」

「花さん……」


 答えた花は、困ったように小さく笑った。


「それに、そもそもは散々お世話になったはずの黒桜さんを、宿もろとも燃やして証拠隠滅しようとした"人"が悪いんですもん。黒百合さんからすれば、私も同じ"人"で……」


 疑わずにいろというのは無理な話だろう。

 ましてや花と黒百合の間には信頼関係など皆無なのだから、黒百合が花の覚悟の無さを懸念するのも仕方がなかった。


「私も偉そうなことは言えないですけど、黒桜さんの話を聞いて改めて、お世話になった"もの"は大切にしないとダメだと感じました」


 つぶやいた花は、ギュッと胸の前で両手を強く握りしめた。

 今の世の中は、欲しいものを欲しいときに、手軽に手に入れることができる。

 反面、ものに対する執着は減り、まだまだ使えるものでも簡単に捨ててしまう人が増えたと思う。


「だから、黒桜さんはもう謝らないでください。私、ここにきてから何度も、黒桜さんに助けていただきました。私は、黒桜さんに対して感謝しかないんです」


 そこまで言うと、花は今度こそ穏やかな笑みを浮かべた。

 花は改めて気がついたのだ。

 現世でも狭間でも、人は、多くの"もの"に助けられながら生きている。

 それなのに、使う側であるというだけで、ものに助けられていることを忘れてしまう。

 "もの"に対する感謝。

 そして、"もの"を大切にする気持ちを、人はいつだって持ち続けていなければいけなかった。


「黒桜さんのおかげで、慣れないこの場所でも今日までなんとかやってこれてます。だから、本当にありがとうございます。そして、これからも……どうぞよろしくお願いします」


 花がそう言って花が咲いたように微笑めば、黒桜は驚いた顔をしたあと、そっと顔をほころばせた。


「やはり……花さんは、不思議な魅力のある人ですね」

「え?」

「自然と心が絆され、惹き付けられる。もしかしたらそれは、人を主人として必要とする、"もの"である付喪神の本能からくる気持ちかもしれませんが、花さんにはもっと特別な、我々が"持ち主"に与えられる温もりを感じられます」


 黒桜のその言葉に、ぽん太、そしてちょう助も、同意するように微笑んだ。


「先ほど政宗坊が言った通り、確かに私はつくもで働き始めたばかりの頃はまだ、人への恨みも抱いていましたし、ここで働くことにも前向きとは言えませんでした」


 そこまで言った黒桜は、何かを思い出すようにつくもの中を見渡した。


「お恥ずかしながら、前主人にされた仕打ちのせいで現世に行くのも敢えて避け続けていたのです。ですが……付喪神としての道を踏み外しかけた私を引き取ってくれた六代目や、この宿を代々守り継ぐ境界家の主人や女将、ぽん太さんを始めとしたつくもの皆さん、そして花さんと出会った今は……人を憎む気持ちは、一欠片も残ってはいないのです」


 黒桜は続けて、「何よりそう思える今の自分は幸運です」とつぶやくと、とても穏やかな笑みを浮かべた。

 傷つき、もがき苦しみ、それでも辛い過去を乗り越えて明日を夢見る。

 花自身もつくもに来たときには心に傷と葛藤を抱えていた。

 しかし、ここに来てから気がつけば心の傷は癒え、少しずつ前を向くことができたのだ。

 花は今の黒桜の話を聞いて、自分もいつかの未来で、"今を生きている自分は幸せ"だと言って、笑えたらいいと心から思った。