「黒百合は私が常世の神に捕縛された際に、激高していた私と共に現世を離れ、私の代わりに常世の神に事情を話してくれたのです」


 そっとまつ毛を伏せた黒桜は、当時を思い出したのか今度は寂しげに笑った。

 黒百合は、黒桜が何故我を忘れるほど激高し、持ち主である主人に仇をなそうとしたのかを常世の神に説明し、減刑を求めたということだ。

 そのときに黒百合自身も、相棒だった筆を焼かれたあとだったという。

 それでも黒百合は、必死に黒桜を助けようと常世の神に縋ったらしい。


「その後、黒百合は聡明さを買われて神成苑に引き取られ、下積みを経て今の大旦那補佐という地位についたと言うわけじゃ」


 補足したぽん太の言葉を聞きながら、何故黒百合が黒桜にああいった態度をとっていたのか、花はようやく合点がいった気がした。


「黒百合さんは、今でも黒桜さんのことを気にかけているんでしょうね……」


 けれど、素直に心配だと口にできる性格ではないのだろう。

 だからわざと黒桜の反発を買うようなことを言っては、黒桜がもう当時のように我を忘れることがないか確認しているに違いない。


「私が情けないばかりに……本当にすみません」


 そして黒桜も、そんな黒百合の思いに気がついているのだ。

 気がついているからこそ黒百合に会うと血気盛んであった昔を思い出し、苦々しい気持ちにもなるのだろう。

(でも、ふたりはなんだかんだ、離れ離れになってからもお互いを気にかけているんだ……)

 花は黒桜と黒百合の関係をとても素敵なものだと思うと同時に、黒百合に言われた言葉を思い出して再び視線を下に落とした。


「……黒百合が花さんに突っかかるのも、つくもの未来を案じてのことなのだと思います」


 そんな花の機微にすぐに気がついた黒桜が、言葉で寄り添う。

 八雲が嫁をとらず、跡取りができなければつくもの未来がどうなるかはわからない。

 そうなれば、つくもの歴代の主人に仕えてきた黒桜は再び持ち主を失うことになるため、黒百合はそれを危惧して花に厳しい言い方をしたのだ──というのが、黒桜なりの見解だった。