「ほぅ? それは一体、どういう風の吹き回しで? 政宗坊は、そちらさんにご迷惑しかおかけしていないかと思いますが」
「確かに、比率で言えば面倒事のほうが多いかもしれない。しかし、仮にもこちらは一度、奴を引き受けたのだ。奴の意向も聞かずに一方的に放り出すのは公正とは言えないだろう」
キッパリと言い切った八雲は実に潔かった。
しばらく沈黙して八雲の本心を探ろうとしていた黒百合も、八雲の言葉に偽りがないことを見抜いたのか、仕方がないといった様子で小さく息を吐いた。
「わかりましたわいな。そういうことでしたら、お任せするわさ」
そうして再び、ドロン!という効果音と白い煙とともに姿を消した。
今度こそ、玄関ホールが静寂に包まれる。
「ふ、はぁ〜〜〜〜……」
黒百合が完全に去ったあと、声にならない声を出したのは花だ。
花はそのまま脱力したようにヘナヘナとその場に座り込むと、両手を床について呆然と宙を見上げた。
「は、花! 大丈夫⁉」
そんな花に慌てて駆け寄ったのはちょう助だ。
ちょう助は心配そうに花の顔を覗き込んだが、花は曖昧な笑みを返すのが精一杯だった。
「……花さん、本当に申し訳ありません」
「くろ、う、さん……?」
続いて、座り込む花のそばに寄って頭を下げたのは黒桜だった。
「黒百合は昔から、人をからかうことが好きなのですが……先程のは言い訳ができぬほど、行き過ぎたものでした」
そう言うと黒桜は再び、「本当にすみません」と言って頭を下げる。
いつも飄々としている黒桜は今、どこにもいない。
花はいつもよりも小さく見える黒桜を前に下唇を噛み締めると、黒桜の冷たい手に自分の手をそっと重ねた。
「黒桜さん、頭を上げてください」
「え……」
「黒桜さんが謝ることじゃないです。私の方こそ、色々すみませんでした。それと、さっきは庇ってくださってありがとうございました。すごく、嬉しかったです」
「花さん……」
花は腰を抜かしたままで、黒桜を見て微笑んだ。
嘘偽りのない笑顔に、黒桜の心を覆っていた黒い影がゆっくりと晴れていく。
「でも……黒桜さんと黒百合さんは、どういったご関係だったんですか? こんなことを私が言うのは変かもしれないんですけど、私は黒桜さんのこと、もっと知りたいです」
できるならば黒百合からではなく、黒桜自身から話を聞きたい。
思い切って訪ねた花を前に、黒桜は一瞬、虚をつかれたような顔をして固まった。
すべてを受け止める覚悟を決めた花は、真っ直ぐに黒桜を見つめている。
黒桜は、改めて花の綺麗な瞳の奥を覗き込んだ。
自分の手に触れている花の手は、わずかに震えていた。
花は本当は、話を聞くのが怖いのだ。
それでも今、黒桜の真実を受け止めようと、必死に気持ちを奮い立たせている。
花は黒桜が抱える過去の一部を聞き、いても立ってもいられなくなったに違いない。
もしも黒桜が辛い思いを抱えているのなら、力になりたい──。
そんな花の想いを感じた黒桜は拳を強く握りしめたあと、そっと瞼を下ろして覚悟を決めたように昔話を始めた。



