「あら、ここで黙るということは、図星だわいな?」

「黒百合! 花さんの心を乱すのはやめろ!」

「く、黒桜さん……」


 そんな花を背に隠すように立ったのは黒桜だ。

 黒桜はいつになく怒気を含んだ空気をまとい、黒百合を強く睨み付けている。


「おやおや、黒桜。お前さんが人のために怒る日がくるなんて驚きだねぇ」


 けれど黒桜の威勢も、クスクスと嘲笑を浮かべた黒百合には牽制にすらならないようだ。


「人のために尽くした結果、最後には人に焼き殺されそうになったお前が──。人に情を抱くなど、あの頃からは考えられぬ変化だわいな」

「え──?」


 花の聞き間違いだろうか。

(黒桜さんが……人に、焼き殺されそうになった?)

 きっと、いや、確かに黒百合は今そう言った。

 花は何かの間違いであってほしいと願ったが、黒桜は俯き、黒百合の発言を否定しようとはしなかった。


「ふふっ。おやおや、さっきまでの威勢はどこにいったわさ?」


 赤い紅を差した唇で弧を描き、黒百合が不敵に笑う。


「……黒百合。悪趣味な戯れも、そこまでにしておくんじゃな」


 と、そんな黒百合を諌めたのはぽん太だ。

 ハッとして花が振り向くと、これまた珍しくぽん太が温度のない目を黒百合へと向けていた。

 
「おやおや、仏と名高いつくもの重鎮を怒らせちまったわいな?」

「わしらはこれから、客神をもてなすための準備をせねばならん。そろそろ部外者には帰っていただこうかのぅ」


 ぽん太に飄々と言い返された黒百合は、「あれあれ、お邪魔したようで大変失礼したわいな」と、さして反省も見えない顔で小さく笑った。


「とにもかくにも、政宗坊の無礼につきましては、また後日、大旦那様から改めて謝罪させていただくことになるかと思うわさ」


 そうして黒百合は優雅な仕草で一礼すると、再び着物の袖で口元を隠して、一歩後ろへ足を引いた。


「政宗坊のことはワイが責任を持って、このまま神成苑に連れて帰りますのでどうぞご安心を──」

「待て。政宗のことは、引き続きこちらに任せていただこう」


 そのとき突然、黒百合の言葉を八雲が切った。

 一同が驚いて八雲を見れば、八雲は一点の曇りもない目で黒百合を見つめていた。