『どういうことだよ、親父!』
ところが政宗の父は、政宗の母の願いを聞き届けず、結局、政宗の母の死後も骨を現世に戻してくれることはなかった。
それに対して政宗は、父に激しく抗議したという。
そもそも政宗の母は身体を壊す前から現世に帰りたがっていた。
しかし政宗の父はその願いを聞き入れなかったばかりか、遺言ですら叶えてやらず、『それではあまりにも酷すぎる』というのが、政宗の主張だった。
対して政宗の父の回答は、『一度、こちらの世界で生きると決めたのはアイツだ。それを大女将たるものが途中で投げ出すようなことがあれば、神成苑で働くものたちにも示しがつかない。何より、代々この場所を守ってきた先祖にも恥をかかせることになる』と、いうことだった。
結果として、その答えを聞いた政宗は大激怒。
何度か互いに主張をぶつけ合ってはきたが、最終的に今の有様が出来上がったということらしい。
「政宗坊が神成苑の若旦那を辞めると言い出したのも、その一件があってからだわいな」
「で、でも……。今の話を聞く限りでは、政宗は間違ってない気がするんですけど……。謝るべきは、政宗のお父さんの光秀さんではないんですか?」
黒百合の話を聞き終えた花は、抱いた感想を素直に口にした。
(政宗のお母さんの願いは一切聞き届けずに、自分たちの都合だけを押し付けるなんておかしいし……)
花はようやく、政宗があそこまで仕来りを嫌っている理由に納得がいった気がした。
けれど花の言葉を聞いた黒百合は、花を見やるとフッと黒い笑みを浮かべて再び静かに口を開く。
「ほほぅ。つまり八雲坊のお嫁様は、現世に帰りたいと願った大女将様のお気持ちがよくわかるということだわいな?」
「そ、それは別に、そういう意味で言ったんじゃ……」
「お嫁様は今はまだ、花嫁修業中の身だと聞いてるわいな。けれど、今からそのように中途半端なお気持ちでおられるようでは、いずれ、うちの大女将様と同じ末路を辿ることになるんじゃあないかと、ワイは心配しているだけだわさ」
黒百合の静かながらも圧のある物言いに、花は思わず口をつぐんだ。
中途半端な気持ちでいたら、政宗の母と同じ末路を辿る──。
花はまるで、自分にそこまでの覚悟がないことを見透かされたような気分になって、反論ができなくなった。