「ど、どうしよう……っ。私が余計なことを言ったせいで……」
神楽が踊れるなんてすごい、政宗は両親にとって自慢の息子だと、軽口を叩いたせいだ。
もちろん花に悪気など一切なかった。
(だけど、そもそも私は政宗に嫌われてたのに……)
馴れ馴れしいことを言えば政宗が気分を害すのは当然だったと、花は浅慮な自分自身を強く責めた。
「ふぅ……。まぁまぁ、とりあえず落ち着くんじゃ。とにもかくにも、今日も宿泊予約が入っておるし、まずはこの荒れた玄関ホールを片付けにゃならん」
「で、でも、政宗を追いかけなくてもいいんですか?」
「あやつは神術を使えるし、ニャン吉も追いかけていったしどうにかなるじゃろ。そもそも、今我々が追いかけたところで、それこそ花の言うとおり、政宗の神経を逆なでするだけじゃろう」
落ち着いた声で花を諭したぽん太は、ふよふよと宙に浮きながら倒れた壺を静かに起こした。
けれど、黙り込んでしまっている八雲、ちょう助、そして顔色を青くしている黒桜は立ち尽くしたまま動かない。
「……うーむ。やはり、こちらでも、こうなってしまいましたか」
「え──?」
と、そのとき。
最早、お馴染みのドロン!という効果音と共に、神成苑の大旦那補佐を務める黒百合が現れた。
「黒、百合さん……?」
「お久しぶりでございますわいな、つくもの皆々様。お元気そうで何よりだわさ」
皮肉めいた口調と優雅な仕草で頭を下げた黒百合は、黒い着物の袖で口元を隠すと今日も妖艶に目を細めた。
「なんじゃ、黒百合。見ておったんか」
「あい。うちの若がご迷惑をお掛けしまして、大変申し訳ございません」
飄々と答えた黒百合は、言葉とは裏腹に目元は静かに笑っている。
「黒百合……。政宗は、なぜあのように心が荒れているんだ」
そんな黒百合に声をかけたのは八雲だ。
八雲の問いに、黒百合は数秒考え込む仕草を見せたあと、「ふぅ」と小さく息を吐いてから言葉を続けた。
「こうなってしまえば、事情を話さぬわけにも参りますまい。きっかけは、昨年、政宗坊の母上であられる大女将様が亡くなられたことだったわさ」
「大女将が?」
どこか遠くを見るように空を見上げた黒百合の話はこうだ。
──そもそもの事の発端は、約一年前。政宗の母が亡くなる少し前に遡る。
政宗の母は花と同じ、ごく普通の人間だったのだが、龍神である政宗の父と恋に落ちて、箱根の現世と常世の狭間にある温泉宿、神成苑に嫁いだ。
その後、跡取りとなる政宗が産まれ、しばらくは幸せな時間を過ごしていた。
ところが晩年、政宗の母は密かに自分が生まれ育った故郷である現世に帰りたいと願うようになっていたという。
そして病に倒れ、いよいよ現世が恋しくなった政宗の母は、『自分の死後は現世にある自分の両親が眠る墓に骨を納めてほしい』と、政宗の父と政宗に懇願したということだ。