「おい、客室の掃除も終わったぞ。次は何をすりゃいい」


 と、そのとき、背後からぶっきらぼうな声がかけられた。

 花が弾かれたように振り向くと、つい先ほど客室の掃除に向かったばかりの政宗が、偉そうに仁王立ちしていた。


「え、もう掃除終わったの!?」

「はいっ! ニャン吉もお手伝いさせていただきました!」


 嬉々とした表情で答えたのはニャン吉だ。

 ニャン吉は政宗の足元に立ち、小さな両手を力いっぱい上げていた。


「そもそも、こんな小さな宿の掃除なんかすぐ終わって当然なんだよ」


 フンッ!と鼻を鳴らした政宗は、腕を組んで相変わらず眉間にシワを寄せている。


「政宗が若旦那を務める神成苑は、そんなに大きな旅館なの?」

「……まぁ、客室数は一〇八か」

「ひゃ、一○八!?」

「ああ。神成苑の庭園には滝も流れている上に、龍神を祀った社もあって、宿自体も数年前に建て直したばかりで新しい」


 どこか自慢気にも聞こえた政宗の返事に、花は唖然として固まった。

(客室数が一〇八室に、庭園に滝が流れてるって……)

 つくもの三部屋という客室数とは雲泥の差だ。

 政宗がここに来てから何度もつくもを小さな宿だとか、古い宿だと言っていたことにも、ようやく納得ができた気がした。


「そういえば、神成苑でも八月に祭りがあったのぅ」

「はいっ、そうです! 昨年は政宗しゃまが神楽を舞われて、それはそれは大変素晴らしく、好評だったのですよ〜」


 キラキラと瞳を輝かせたニャン吉は、頬に手を添え恍惚とした表情で宙を見上げた。

 聞けば政宗たち神楽家は、祭りの日に神楽を舞う役割を代々担っているのだという。