「悔しい……。そんな当たり前のことも、政宗に言われるまで気づけなかったなんて……」
「ふぅむ。政宗はスッカリ心を入れ替えたようじゃのぅ」
「わっ! ぽん太さん、聞いてたんですか!?」
つい独り言を溢した花の前に、今日もドロン!と現れたのはぽん太だ。
思わず溜め息をついた花は、ブスっと唇を尖らせながら、政宗が消えた廊下へと再び視線を滑らせた。
「あれは、心を入れ替えたっていうんですかね? 何故か私のこと、"ブス"呼び固定なんですけど」
口をへの字に曲げた花は、この二週間のことを思い返した。
政宗は、確かに仕事に対する姿勢を変えた。
今のように花に良い意味で意見をすることも増えたし、何よりひとつひとつの仕事が迅速かつ丁寧になった。
そしてお客様の前でも、当初のような口の悪さや態度の悪さを見せることはなくなったし、まるでベテランの仲居のように仕事もスムーズだ。
それなのに、相変わらず花に対する口調だけはキツい。
あの啖呵事件のことを思えば、仕方がないと諦めるしかないのかもしれないが、こうも毎日ブスブス言われ続けると、怒りを通り越して悲しくなってくるというものだ。
「まぁ……花をブスと呼ぶことについては置いておくとしてじゃ」
「……置いておかないでくださいよ」
「政宗は元々、神成苑の跡取りである若旦那ともなる男じゃからのぅ。宿の仕事に関しては、幼少期から仕込まれとるはずじゃし、慣れたもんに違いない」
「え……。それってつまり、つくもでも最初からやろうと思えば、仕事はできるはずだったってことですか?」
「まぁ、そういうことじゃな」
飄々と答えたぽん太の返答に花は呆れた。
つまるところ、ここに来たばかりの頃、政宗は敢えて手を抜いて仕事をしていたということだ。
「でも、なんでそんなこと……。あ、もしかして、私への嫌がらせで手を抜いてたってことですか?」
「まぁ……そりゃ、政宗本人にしかわからんことじゃろうなぁ」
「それは確かにそうかもしれないですけど、もし嫌がらせで手を抜いてたなら最悪なんですけど」
「うむ、しかし、宿はこれから繁忙期じゃ。今の心を入れ替えた政宗がいてくれるのは有り難いことじゃと、今後はプラスに捉えることもできるら」
(でも私はずっと、ブス呼ばわりされるんだ……)
花は返事の代わりに心の中で悪態と溜め息をついた。
色々納得のいかないことはあるが、確かにこの先、つくもは一番の繁忙期である夏を迎えるため、これまでになく忙しくなる予定だ。