「おい、ブス! 大浴場の掃除は終わったぞ!」


 季節が梅雨に入ると、美しい紫陽花がつくもの庭を彩った。

 家将と駒代の一件から早二週間。

 あれ以来、政宗は心を入れ替えた──とまではいかないが、これまでのことが嘘のように真面目に仕事をするようになった。


「ありがとう! 今日も早いね」

「ケッ。この宿の風呂は広さが神成苑の半分以下だからな」


 この通り、悪態をつくのは相変わらずだ。

 それでも以前に比べれば、ほんの少しだけ回数は減ったので良しとしている。


「ああ、そういや前から気になってたんだが、なんでこの宿は大浴場にタオルを常備してねぇんだよ」


 と、不意に政宗が花に尋ねた。


「え……。だってタオルは客室にご用意してるし、お客さんはみんなそれを持って大浴場に行ってるよ?」


 それに花は大した疑問も抱かずに答えたのだが、答えを聞いた政宗は得意の人を見下したような顔をすると、今度は呆れ混じりの溜め息を吐いた。


「ハァ〜、これだからブスは使えねぇな。いいか、客の中にはタオルを何枚も使いたいってやつもいるし、客室からタオルを持っていくのを忘れるやつもいるんだよ。選ぶ権利は客にあるんだ。そもそも、タオルは無きゃ困るが、ある分には何枚あっても困らねぇだろうが」


 断言されて、花は続く言葉が出てこなかった。

 政宗の言い分は尤もだ。

 客の立場になって考えれば、大浴場にもタオルが置いてあったほうが単純に便利に決まっているのに、客として宿に泊まった経験がほぼゼロに等しい花は気づけなかった。


「いいか。"もてなし"なんてもんは、そういう小さなことからやってかねぇと意味ねぇんだよ。ブス!」


 厳しい口調で言い捨てた政宗は、フン!と鼻を鳴らすと踵を返して、今度は客室の準備に向かった。


「……なんなのよ、ほんとに」


 風を切って歩く姿を見送ってから、花は思わず脱力する。

 確かに、政宗の言ったことは間違っていない。

 大浴場にタオルが置いてあれば、お客様もわざわざ客室からタオルを持っていく必要はないし、何枚でもタオルが使えるというのは単純に喜びにも繋がるだろう。