「おいしい〜〜っ!」


 ツツジの花が見頃を終え、若葉が萌える五月の半ば。

 熱海観光の玄関口である『熱海駅前商店街(あたみえきまえしょうてんがい)』は、夏前にも関わらず活気に満ち満ちていた。

 ノスタルジックな空間には、熱海の土産物や名産品、グルメを楽しめる店が所狭しと建ち並んでいる。

 浴衣を着た観光客がそぞろ歩いている様も、いかにも人気の温泉地らしい。


「これこれ、花。そんなに急いで食べずとも、まんじゅうは逃げんぞ」


 そんな熱海きっての繁華街に余暇(よか)を楽しむためにやってきたのは、現世と常世の狭間にある"付喪神専用の温泉宿"『熱海温泉♨極楽湯屋つくも』の従業員一行だ。


「えへへ、すみません。私、出来たての温泉まんじゅうを食べるのは初めてで感動しちゃって……」


 言いながら、光沢のある焦色のまんじゅうをうっとりと見つめるのは、"(はな)"だ。

 花は自他ともに認める食いしん坊で、人の身でありながら、今は諸事情により、つくもでつくもの主人の嫁候補兼、仲居として働いている。


「ここで食べ歩きを楽しむといえば、出来たての温泉まんじゅうは絶対に外せないからのぅ」


 対して、背中を丸めながらフォッフォッと福笑いをしている老人は、信楽焼たぬきの付喪神、"ぽん太"だ。

 ぽん太はときどき今のように人に化け、熱海の町を散策するのが趣味なので、誰よりも熱海に詳しかった。