「わぁ、政宗しゃま! 水面がキラキラしております! 海はこんなにも広く、美しいものなのですねぇ」


 と、そのとき。一緒についてきていたニャン吉が、子供のような声を上げた。

 実際、今のニャン吉は五歳ほどの小さな男の子の姿に化けているので、発せられた言葉に違和感はない。


「ニャン吉くん、海を見るのは初めてなの?」

「はいっ。実は、僕は箱根の地から出たことがなくて、芦ノ湖は見慣れたものなのですが、こんなに近くで海を見るのはこれが初めてなのです」


 えへへ、と恥ずかしそうに笑ったニャン吉は、またすぐに目を輝かせながら海を眺めた。

 その無邪気な様子に、花の顔が自然とほころぶ。


「そっか。じゃあ今日は、ニャン吉くんにとって初海記念日だね」

「はいっ! あっ、花しゃま! あちらに浮かんでいる島はなんでしょうか?」

「え? ああ……あれは、初島(はつしま)だよ。私もまだ行ったことはないんだけど……」

「あら、そうなの? 初島、とても素敵なところよ」


 と、花とニャン吉の会話に、駒代が不意に口を挟んだ。


「初島へ向かうフェリーではね、カモメに餌をあげることもできるのよ」

「ややっ、カモメに餌ですか!」

「わぁ〜、それ、私もやってみたいです!」

「ふふっ。なかなかできない体験よね。いつか是非、あなたたちも初島にも行ってみてね。本当に素敵なところよ」


 駒代はそう言うと、寂しげな笑みを浮かべて海を見つめた。

(もしかして、初島には家将さんとの思い出があるのかな?)

 花の予想が当たっていれば、やはり駒代も本当は、家将と仲直りをしたいと思っているのかもしれない。


「政宗しゃま! 政宗しゃまも、こちらで一緒に海を眺めながら朝食をいただきましょう!」

「チッ……。いつにも増して、うるせぇ奴だ」


 無邪気なニャン吉に誘われて、少し離れた場所に立っていた政宗も観念したのか、ベンチのそばまで歩いてきた。

 開放感のある空気と優しい海風が、一同の心を自然と和やかに解してくれる。


「ささっ、主役のおふたりしゃまは、こちらへどうぞです!」

「え……」


 純真無垢なニャン吉が、そうすることが当たり前のように家将と駒代を隣に座るよう案内した。

 一瞬ふたりは互いに顔を見合わせて難しい顔をしたが、キラキラと瞳を輝かせているニャン吉を前にしたら断るのは気が引けたのか、素直に隣り合わせで腰を下ろした。

(ナイス、ニャン吉くん!!)

 思わず政宗以外の全員が、心の中でガッツポーズする。


「さぁ、それでは朝食をいただきましょう!」


 そうしてそのタイミングを逃すまいと、黒桜が手早く朝食の支度を始めた。

 持ってきた大きなバスケットの中から取り出したのは、包み紙に包まれた、つくもの料理長・ちょう助自慢の一品だ。