「ここは熱海サンビーチのすぐそばにある、親水公園じゃ。そしてあちらに見えるのはムーンテラスと言ってのぅ、巷では恋人の聖地とも呼ばれておるんじゃよ」
「ムーンテラスに恋人の聖地……」
なんとロマンティックな名称だろう。
ぽん太が指差した方へと目をやれば、地面からニュッと伸びたアーチなようなものを越えた先に、天使の羽に似た背の高いモニュメントが建っていた。
「あれの下にのぅ、手を置ける場所があるんじゃが。それは恋人たちが愛を誓い合ったり、ひとりでも恋する相手を想って手を置いたりと、最近では縁結びのパワースポットにもなっとるんじゃよ」
「へぇ……」
熱海サンビーチのすぐそばに、そんな場所があったなんて知らなかった。
縁結びのパワースポットならば、八雲への想いもそこで願えば叶うのか?と、花はまた余計なことを考えてしまい、慌てて首を横に振った。
「サンビーチにムーンテラス、加えて恋人の聖地で朝食を……とは、なかなか粋ではないかのぅ」
「ケッ、くだらねぇ」
自慢気に解説したぽん太の後方で、政宗がぽつりと悪態をつく。
幸い家将と駒代の耳には届かなかったようだが、一同は思わず肝を冷やしてしまった。
対して、本日の主役であるふたりはぽん太の話を聞いている間も、お互いの顔を見ようともしない。
「た、たしかに、素敵だし粋ですねぇ! ねっ、黒桜さん!」
花は咄嗟に大袈裟にリアクションを取って、場を盛り上げようと声を弾ませた。
(八雲さんに任された以上、とにかくふたりのために頑張らないと!)
突然話を振られた黒桜は驚いた顔をしていたが、すぐに意図に気付くと、花の演技に乗ってくれた。
「は、はいっ。花さんの言うとおりで、素敵さに加えて、なんだかすごく胸がキュンですねぇ〜〜!」
多少の大根さは、即席なので目をつぶってほしいところだ。
「あっ! あそこにいい感じのベンチがありますよ! 早速、あそこで海を眺めながらみんなで朝食をとるっていうのはどうでしょう〜!?」
「いいですねぇ〜! では、みなさん、参りましょう!」
白々しい花と黒桜のやり取りにも、家将と駒代は無反応だった。
(うう……っ。空気が重い……)
しかし、ここでめげるわけにはいかない。
花は顔を上げると風を切って歩き、相変わらず大袈裟にリアクションを取りながらアレコレと様々なものを褒めちぎった。
そうして、どうにかこうにか目的のベンチの前までやってきた花は、仁王立ちしたまま考え込む。
(問題は、どうやってふたりを隣同士で座らせるかってところだけど……)
旅先の宿に着いて早々、部屋を別々にしてほしいと言うほど険悪ムードなふたりだ。
隣同士で座ってくれるなど、きっと奇跡でも起こらなければ叶わない。