「無事におふたりの了承を得られたのですね。では、私はまたつくもで留守番をさせていただきます」


 そのとき、タイミングよく黒桜がひょっこりと厨房から顔を出した。

 黒桜も急遽メニュー変更となった朝食の準備を、朝から手伝ってくれていたのだ。

 ハッとして花が振り向けば、やわらかに微笑む黒桜と目が合う。


「で、でも……黒桜さんには、この間のときも留守番をしてもらいましたし」

「そうだ、黒桜。たまには花たちと出かけたらいい」


 花の返事に八雲がすぐさま口添える。

 そうすれば、黒桜の顔があからさまに曇った。

 花はその表情の変化を不思議に思ったが、花が尋ねるより先に、黒桜が遠慮がちに口を開いた。


「で、ですが、宿を空けるようなことになってはいけませんし……」

「大丈夫だ。今回は、俺とちょう助が残る。ちょう助は今晩宿泊予定の客神の食事の仕込みがあるし、宿泊予約を受けるのは俺にもできる」


 八雲の有無を言わさぬ言葉に、黒桜は口ごもってから俯いた。

 ふたりの間に立つ花は、複雑な心境で八雲の言葉を聞いていた。

 黒桜の反応も気がかりだが、やはり、八雲のことも気になってしまう。

 このままでいくと家将と駒代たちへの同行は、花とぽん太と黒桜、そして政宗にニャン吉というメンバーで行うということだ。


「花も、それでいいか? さすがの政宗も、ぽん太たちのいる前ではお前に手を出してくることもないだろう」

「あ……」


 尋ねられ、花は慌てて「大丈夫です!」と答えて頷いた。

 そうすれば八雲は、花に優しく笑いかける。


「ありがとう。ふたりのことを頼んだぞ」

(そうだ、私は……)


 八雲の期待に応えたい。

 仲居として、つくもの主人である八雲の役に立ちたいと思っていたのだ。

(もう、今は余計なことを考えるのはやめよう……)

 花は改めて胸の前で拳を強く握りしめた。

 そして、今度こそ真っ直ぐに前を向くと、八雲を見上げて力強く頷いた。







「はぁ〜〜〜。朝の海、めちゃくちゃ気持ちいいですね!」


 そうして予定通り、家将と駒代夫婦に加えて、花、ぽん太、黒桜、政宗にニャン吉という異色のメンバーで、一同は熱海の町に降り立った。

 商店街を散策して以来の現世だ。

 花は爽やかな空気を思いっきり吸い込むと、目の前に広がる大きな海を眺めて伸びをした。