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「朝食を現世(そと)で、ですか?」


 翌日も初夏の陽気が気持ちの良い朝だった。

 澄み渡る空気は自然と背筋を伸ばしてくれて、心配事を心の隅へと追いやってくれる。

 朝食の案内のために客室を訪れた花は、昨晩ちょう助たちと話して決めたことを将棋の駒の付喪神である駒代に提案した。

 夫の家将には、今頃八雲が同様の説明をしている頃だろう。


「はい。是非、熱海の景色を楽しみながら、つくも自慢の朝食を召し上がっていただけたらと思いまして」


 ニッコリと微笑んだ花は、内心ドキドキしながら駒代に朝食の説明をした。

 まさか、『夫婦喧嘩の仲直りのキッカケ作りのため』とは口が裂けても言えない。

 こちらの思惑は気取られぬようにするべきだというのは八雲からの提案で、花を含めたつくもの従業員一同も、その話に賛同した。


「それで、私達も是非おふたりとご一緒させていただきたいと思うのですが、いかがでしょうか?」

「ふふっ。みなさんには、色々とお気を使わせてしまって本当に申し訳ありません」

「あ……いえ! それは全然、そんなことはなくっ」

「でも、そうね……。どうせ私達ふたりで行っても会話はないでしょうし、みなさんが一緒にいてくださるなら……そのご提案、お受けいたします」

(う……っ)

 勘の良い駒代には、花たちの思惑はお見通しのようだった。

 それでも今は、無事に合意を得られたことを素直に喜ぶべきだろう。

 花は「ありがとうございます!」と元気よく答えると、諸々の準備のために一旦客室をあとにした。


「ふぅ……」

「そちらはどうだった?」


 と、厨房の前まで花が戻ってきたら、背後から声をかけられた。

 弾かれたように振り向けば、濃紺の着物に身を包んだ八雲が佇んでいた。


「無事に了承を得ることができました! 家将さんはどうでしたか?」

「こちらも大丈夫だ」

「やった! そしたらお出かけの準備ができ次第、またおふたりに声を掛けにいきましょう!」


 花が肩の横でガッツポーズを作れば、八雲はそっと顔をほころばせた。

 不意に見せられた笑顔に、否が応でも花の鼓動がドキンと跳ねる。

(う……ダ、ダメだ)

 心臓が、ドキドキと早鐘を打つように高鳴りだした。

 余計なことを考えてはいけないと自分で自分を諌めても、さすがに本人を前にしたら意識せずにはいられない。