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「……な、はな。花! ねぇ、聞いてる?」


 その日、夕食の片付けが終わると、宿は夜のしじまに包まれた。

 まるでつくもに泊まっているふたりの間に流れる空気のように重く、暗い夜だ。

 結局ふたりは夕食も別々に取り、部屋も別々のままで一泊することになった。

 無事に本日の業務を終えた花は今、つくもの厨房で明日のふたりの朝食について、料理長であるちょう助と話していた。

 しかし、花は花で政宗に言われた言葉が棘のように胸の奥に刺さったままで、終始、心ここにあらずだった。


「ご、ごめん、ちょう助くん! ちょっと考え事をしちゃってて……」


 花が慌てて我に返って謝ると、ちょう助は眉をハの字に下げながら心配そうに花の顔をのぞき込んだ。


「花、大丈夫? 夕食の前から、なんだか元気がないみたいだったけど、もしかして……何かあった?」


 ちょう助が声を潜めて花に尋ねる。

 優しい彼は、花の様子がおかしいことにも気がついていたのだ。


「う、ううん、何もないよ! えっと……ほら。家将さんと駒代さんは、このままでいいのかなって考えてて……」


 花は咄嗟に思いついたことを口にして、曖昧に笑った。

 八雲にも何もなかったと答えたのだ。

 それなのに今さら、政宗に言われたことをちょう助に打ち明けるのは気が引ける。

 何よりやはり、政宗の言葉がキッカケとなって八雲に対する想いを自覚したとは、とてもじゃないが言えなかった。


「確かにこのままだと、ふたりは険悪なまま現世に帰ることになっちゃうかもね」

「だ、だよね。明日の朝食も別々にしてほしいって言われたけど……せっかく熱海に旅行に来てるのに、このままなのは良くないかなって思って」


 胸に手を当てた花は、そっと睫毛を伏せて息を吐いた。

(とにかく今は、家将さんと駒代さんのことを一番に考えなきゃ)

 つくもの仲居として、どうすればふたりに最高のおもてなしができるか考えなければいけない。

 政宗のことや八雲のこと、そして花自身の気持ちについて、今は気を取られている場合じゃなかった。


「おふたりだって、喧嘩したくてしてるわけじゃないだろうし」

「お主ら、悩んでいるようじゃのう! 感心感心!」

「あ……っ!」


 そのとき、ドロン!という効果音と白い煙ともに、ぽん太が現れた。

 神出鬼没なぽん太に花もはじめこそ腰を抜かしそうになるほど驚いていたが、今では慣れたもので大して驚きはしない。