「また何か、花を傷つけるようなことをしたんじゃないだろうな」
「そんなことしてねぇよ。つーか、こんな女に一切興味ねぇし。俺は、このあとの仕事について聞いてただけだ。……なぁ、そうだよな?」
政宗が堂々と嘘をつく。
花は反射的に眉根を寄せたが、反論することはできなかった。
「花、本当か?」
確認されても、目を逸らして「本当です」と答えるほかない。
(だって、私は八雲さんの嫁に相応しくないって言われただなんて言えないよ……)
言ったときの八雲の反応を見るのが、花は何より怖かった。
八雲も政宗と同じように思っているのではないかと考えたら、たまらない気持ちになったのだ。
「ほらな。ってことで、俺はあの"仲の悪い夫婦"の夕食の準備で厨房に行くから、"仲の良いふたり"は、どうぞごゆっくり」
また小馬鹿にしたような口調でそう言った政宗は、嘲笑を浮かべながら背後の階段を降りて厨房へと向かった。
残された花と八雲の間には、重苦しい空気が流れる。
「花。政宗には本当に何もされて──」
「す、すみません。私も、おふたりのご夕食の準備があるので失礼します!」
花は咄嗟に八雲の言葉を遮ると、忙しなく頭を下げた。
そして、顔を上げて力無く笑い、すぐに踵を返して足早に階段を駆け下りた。
「ハッ……はぁ……ッ」
相変わらずドクドクと心臓は不穏な音を立てている。
その音と乱れた呼吸を整えるように花は胸の前で拳を握りしめると、政宗に言われた言葉を思い出しながら目を閉じた。