「なぁ。お前は本当に、自分が八雲に好かれてるとでも思ってんのか?」
「……やめて。あなたの話なんて、聞きたくない」
今すぐに耳を塞いでしまいたい。
あんたの話なんて聞く価値もないと、啖呵のひとつでも切ってやりたいと思いながら、花は奥歯を強く噛み締めた。
(大体にして私は、本当は八雲さんの嫁候補でもなんでもないんだから……)
花はただ、死後の地獄行きを免れるために、一年間だけつくもで八雲の嫁候補兼仲居として働くことになっただけ。
けれど、実は嫁候補ではないことがバレたらつくもにはいられなくなってしまうため、外部のものには秘密を貫き通しているだけだった。
花はあくまで、八雲の偽物の嫁候補にすぎない。
実際、ふたりの間に恋愛感情なんてものは一切なく始まった関係で──…お互いを意識することなど絶対に有り得ないはずだった。
「そもそも、お前みたいななんの取り柄もないただの人間が、八雲と釣り合うわけねぇだろ」
「そんなのわかって──」
わかってる。政宗に言われなくとも、花は全部、わかっているつもりだった。
だけど今、喉の奥につかえた言葉は、声となって出てきてくれない。
「……っ、」
なぜなら花は心の奥で、このまま一緒にいたら、もしかしたら本当に八雲の【正式な嫁候補】になれるかもしれないと考え始めていたのだ。
(ううん、そうじゃない。そうじゃなくて、私自身が……)
八雲の嫁候補になれたらいいと、本気で思い始めていた。
仮でも偽物でもなく、正式な嫁候補として、つくもで花嫁修業ができたらいいと、本心では思い始めていたのだ。
「お前って名前の通り、頭の中も花畑なんだなぁ」
とどめを刺すような政宗の糾弾に、花は羞恥でカッ!と顔を赤らめた。
悔しい。悔しくてたまらない。
(よりにもよって、こんな奴に、こんな男に──)
こんなにもハッキリと、自分の想いを暴かれるとは思わなかった。
何よりずっと自分の中で曖昧にし続けていた八雲に対する感情を、まざまざと自覚させられるとは花は思ってもみなかったのだ。
「なぁ、お前は本当に、自分がここにいて平気だとでも思って──」
「……政宗、花に何か用でもあるのか」
と、そのとき。
低く地を這うような声が廊下に響いて、政宗の言葉を遮った。
花が弾かれたように振り向くと、顔に影を差した八雲が、政宗を静かに見据えていた。