「お、お前なぁ……っ」
「家将様、お待ちください。もしも本日、別々のお部屋でのご宿泊をご希望でしたら、問題なくご用意させていただきます。ですからどうか、ご安心くださいませ」
ヒートアップしかけた家将を、八雲が絶妙なタイミングで止めに入った。
(一体、これってどうなってるの?)
三人のやり取りを、仲居としてはまだまだ経験不足の花は、呆然と眺めていることしかできなかった。
「あらあら、良かったわ。我儘を言ってしまってごめんなさいね」
「いえ、お気になさらないでください。ただ……家将様も、お部屋は別々でのご宿泊でもよろしいでしょうか?」
八雲が尋ねると、家将は顔を赤くしたままで「もちろんです!」と息巻いた。
そうして家将は八雲が、駒代は花がそれぞれ別の客室へと案内することになった。
幸い、本日の宿泊客はふたりだけだ。
つくもにある客室は三部屋。
万が一に備えてすべての客室で宿泊の準備を整えていたので、今すぐに案内しても問題ない。
しかし部屋に着くまでの間も、家将と駒代の間には一切の会話もなかった。
「ごめんなさい。しばらくひとりにしてくださるかしら」
駒代が客室に着いて早々に口にしたのはそんな言葉だ。
仲居である花は当然従う他ないので、とりあえず必要最低限のことと夕食の時間、それから風呂の説明だけして部屋を出た。
「ふぅ……」
どうしたものか。
部屋のグレードアップをしてほしいという話ならともかく、まさか夫婦で別々の部屋に宿泊される事態になるとは予想外だった。
(八雲さんの方も、無事にご案内は終わったかな?)
そうして花は足早に廊下を歩くと、ロビーに向かった。
ぽん太や黒桜、そして八雲が戻っていたら、これはどういうことなのか、話を聞こうと考えていた。
「え──」
けれど、階段まであと少しというところで、花は思わず足を止めた。
視線の先の曲がり角に──黒い影をまとった政宗が立っていたのだ。
「なぁ、あれのどこが仲睦まじいふたりなんだろうなぁ?」
ニヤリと笑った政宗は、そっと目を細めて花の反応を伺っているようだった。
「俺には、お互いに憎しみ合っているようにしか見えなかったけどな」
「……何が言いたいの?」
「付喪神同士でもうまくいかねぇんだ。お前と八雲だって、この先どうなるかなんてわかんねぇぞ……っていう、優しい俺からの有り難い忠告だよ」
嘲笑を浮かべた政宗は、心底馬鹿にしたような顔で花を見ていた。
ドクドクと、花の胸の鼓動が不穏に鳴る。
(なんなの、ほんとに……。いい加減にしてよ)
政宗に言い返したいことも、言ってやりたいことも山ほどあった。
けれど今、それができないのは──政宗の言葉と、恐怖が蘇ってきたせいで、花の心が酷く揺さぶられているからだ。