「とにかく! 今はお客様のおもてなしが最優先!」
とはいえ花も、今は政宗と話したいとも思えない。
ひとりで悶々と考えながら廊下を歩いていた花は、掃除用具を戻したあと、自身の頬をパン!と叩いた。
過ぎたことを、いつまでもうじうじ考えていたって仕方がない。
今日はこれから、お客様が泊まりに来る。
事前に黒桜に聞いた話では、将棋盤と将棋の駒の付喪神の夫婦ということだ。
定期的につくもに泊まりに来てくれる常連さんで、ふたりとも性格は温厚、とても仲の良いご夫婦とのことだった。
「あっ、黒桜さん! そろそろ、お客様が到着する時間ですよね?」
気持ちを切り替えてロビーに降りた花は、一足先にお客様を迎える準備をしていた黒桜に声をかけた。
しかし黒桜は気づいていないのか、ボーッと前を向いたまま、花の質問に答えなかった。
「黒桜さん?」
「え……? あっ、す、すみません。お客様の趣味趣向のお話ですか?」
近くまで寄って花がもう一度声をかければ、我に返った黒桜がビクリと身体を強張らせたあと見当違いなことを口走った。
「あ……いえ、お客様のご到着のお時間がそろそろかなーって思って」
「あ……ああ、すみません、そうだったのですね! はい、お客様はそろそろお見えになる頃かと思います。いつも通り、心を込めたおもてなしをしていきましょう」
焦った様子の黒桜は早口でそう言うと、曖昧な笑みを浮かべて前を向いた。
その様子を見て、花は思わず首を傾げてしまう。
黒桜はここ最近、今のように心ここにあらずといった様子で、ボーッとしていることが多かった。
以前までの黒桜には見られなかったことで、花は見かけるたびにとても不思議に思っていた。
(黒桜さんの様子が変わったのも、政宗さんたちがつくもに来てからだよね……)
特に花の心に引っかかっていたのは、初日の黒桜と黒百合のやり取りだ。
神成苑の大旦那補佐である黒百合は、黒桜のことを『怒りっぽい』と揶揄していた。
やり取りから、ふたりが顔見知りであったことは察しがつく。
けれど花はなんとなく、ふたりの間には顔見知り以上の何かがある気がして仕方がなかった。
「おー、みなの衆。お客様をお迎えする準備はバッチリかのぅ?」
と、考え込んでいた花の前に、いつでも呑気でマイペースなぽん太が現れた。
同時に宿の奥から八雲が現れ、思わず花の胸の鼓動がドクン!と跳ねる。
「……っ、」
目が合ったふたりの間には、一瞬、なんとも言えない微妙な空気が流れた。
慌てて花は目を逸らしたが、心拍数は上がっていく一方だった。
(ダ、ダメだ……。八雲さんを見ると、どうしても意識せずにはいられない)
八雲がそばにいるだけで、政宗から守ってもらったときのことを思い出してしまう。
しかしそれは八雲も同じで、花の気づかぬところでそっと目を逸らして難しい顔をしていた。