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「私は窓拭きの達人、雑巾がけの名人、箒を持たせたらハリー○ッターより有能……」


 政宗とのトラブル後、慰めてくれた八雲を見送った花は、どうにか支度を済ませて自室を出た。

 そして、いつも以上に仲居の仕事に精を出し、今は独り言を唱えながら一心不乱に客室の窓を拭いていた。

 時はそろそろ宵の口。

 変貌した政宗に掴まれて爪痕のついた腕は、もうすっかり良くなっていた。

(でも、あのとき八雲さんが来てくれてなかったら、今頃私は、どうなっていたんだろう)

 窓の外で揺れる青々とした木の葉を眺めながら、花はつい手を止めて考えた。

 今朝は八雲が来て政宗を止めてくれたおかげで事なきを得た。

 反対に八雲がいなければ、花は龍神の姿になった政宗に、取り返しのつかないような大怪我をさせられていたかもしれない。


「……っ」


 想像したら、身体がぶるりと震えた。

 花は改めて、自分がとんでもない目に遭ったのだと自覚して、怖くなったのだ。

(だけど、あれこれ考えたって、どうすることもできないし……)

 ──あのあと政宗は一時間ほど経った頃に、再び花の前に現れた。

 そして、何事もなかったかのように本日の仕事内容を花に尋ねたのだ。

 当然、『驚かせてすまなかった』などの謝罪もなかった。

 結局身構えたのは花だけで、政宗はいつも通りの偉そうな口ぶりで仕事のことを聞いたあと、さっさと持ち場へ向かっていった。

『花しゃま、先ほどは本当に申し訳ありませんでした! 政宗しゃまにはあの後きちんと、誤解だと説明もいたしました! あと……今さらですが、お怪我はしておりませんですか?』

 対して、そんな政宗の代わりに花に頭を下げたのはニャン吉だ。

 シュンと耳と尻尾を垂らしたニャン吉は一応花に『政宗を甘やかさないほうがいい』と言われたことを気にしているのだろう。

 いつも以上に腰が低く、恐縮している様子だった。

『大丈夫だよ。私の方こそ、色々ごめんね』

 花が謝ったのは、これ以上ニャン吉に何を言っても仕方がないと思ったからだ。

 そもそも、立場は政宗のほうが上なのだから、ニャン吉に助言してもあまり意味のないことだった。

 何よりまた、ニャン吉を泣かせるようなことがあれば政宗が怒りだすかもしれない。

 そう思ったらふたりにどう話をすれば良いのか、花自身もわからなくなってしまっていた。

(だからといって、このままでいいとは思わないけど……)


「ハァ……」


 今日何度目かもわからない溜め息が、花の口から溢れる。

 そのまま花は掃除用具を片付けて手に持つと、重い足取りで客室をあとにした。

 ふたりは今頃、玄関ホールでお客様を迎える準備をしていることだろう。

 政宗はいつもよりも口数が少なく、文句も愚痴も言ってこない。

 花は一瞬、政宗も多少なり、花を傷つけたことを気にしているのかと前向きに考えた。

 けれど政宗の態度から察するに、これまで以上に花に対する拒絶を示しているだけにしか思えなかった。

 政宗がつくもを追い出されたら、きっとニャン吉は泣くだろう。

 その様子を思い浮かべたら胸が痛む。結局、今回のことは花が目を瞑るしかないのだ。

 幸い、大した怪我もなく済んだのだから良しとしよう。

(八雲さんも味方でいてくれるし、私は自分にできることをやっていくしかないよね……)