「こうしていたら、少しは落ち着くか?」
「え──」
次の瞬間、八雲は花を、自身の胸にそっと優しく抱き寄せた。
まるで、割れ物を扱うように、丁寧に。
高鳴る胸の音は自分のものか、花のものなのかは八雲自身にもわからない。
八雲が花を抱きしめるのはこれで二度目だ。
一度目は、泣きたいのを堪える花を見兼ねて、自身の着物の袖で花を隠すように囲ったときだ。
そのときは、意地になっている花に、幼い頃の自分を重ねていた。
両親を亡くし、十三歳でつくもの主人を務めることになった八雲は、どんなときでも弱みを見せてはならぬと常に虚勢を張り続けていた。
辛くても、辛いなどとは決して口にしてはいけない。
自分にはつくもを守るという使命がある。
だから、その頃の自分と同じように、本当は弱音を吐きたいくせに意地を張っている花を見ていたら、八雲は放っておけなくなったのだ。
「怖い思いをさせた。もっと早くに気づいて、花を守ってやりたかった」
けれど今は、そのときとはまるで違う。
震える花に幼い自分を重ねたりはしていないし、花が泣きやすいように壁となり囲ってやっているわけではない。
「や、八雲、さん……?」
「こちらの世界の事情に花を巻き込んでしまって、本当にすまない。政宗にはあとでもう一度、強く言っておく。だからもう、そんなに怯えなくとも大丈夫だ」
八雲は、花を傷つけた政宗に腹が立って仕方がなかった。
何より、政宗から花を守れなかった自分に、怒りを覚えずにはいられなかったのだ。
「それでも、もしもまた政宗が花に手を出すようなことがあれば、そのときは有無を言わさず、政宗をつくもから放り出すから安心しろ」
穏やかに、けれど力強く断言した八雲は、花の背中を静かに優しく撫で続けた。
その手の温かさと胸の鼓動を聞いていたら、段々と花の身体の震えも治まっていく。
「で、でも、もしそうなったら、政宗さんの夢は叶わなくなっちゃうし、ニャン吉くんにまで悲しい思いをさせてしまいます」
八雲の言葉を聞いた花は、腕の中でゆっくりと顔を上げると眉をハの字に下げながら問いかけた。
「ああ、そうだな。だが、そんなことより、俺には花を守ることのほうが大事だ」
「え……?」
「他の何を犠牲にしても、俺は花のことを守りたい。だから俺は、花を傷つけるものは許さない」
一点の曇りのない声で言った八雲を前に、花は唖然として返す言葉を失った。
代わりに、次の瞬間、ボッ!と火を吹いたように顔を真っ赤に染め上げて、思わず身体を硬直させる。
(い、い、い、今の言葉って……。う、ううん、そんな深い意味はないよね⁉ だって私は、あくまで偽物の嫁候補ってだけだし……)
もう花の頭の中はパニックだ。
なんとか状況を整理しようと必死に思考を巡らせるが、自分を真っ直ぐに見つめる八雲の目を見ていたら、やはり動揺せずにはいられなかった。
「あ、あ、あの……。ありがとうございます、八雲さん。八雲さんが守ってくれるなら……それは、すごく心強いです」
どうにか声を振り絞った花がお礼を口にして目を逸らすと、ようやく八雲も自分が言った言葉の意味を理解したのか、耳を赤く染め上げた。