「ま、政宗さんは……一体、何者なんですか?」


 花はこれまでずっと、政宗は自分や八雲と同じ"人"だと思っていた。

 とはいえ実際は八雲も、"ただの人"というわけではない。

 ごくごく平凡な花とは違って、今のように神術を操ることもできるし、何より付喪神専用の宿の主人を務めている男だ。

 しかし八雲は、つくもの主人であることと、簡単な神術を操れるところ以外は、『花と同じ人』だと、以前ぽん太が言っていた。

 けれど政宗は……。先程の変貌を見る限り、"人ならざるもの"だとしか思えない。


「政宗は……龍神と人との間に生まれた子だ」

「りゅ、龍神と、人との間に?」

「ああ。そもそも神成苑とは代々、龍神が主人を務める宿なんだ。政宗の父親……つまり、神成苑の大旦那はその龍神で、政宗の母親は花と同じようにただの人だった。だからあいつには、色濃く龍神の血が流れている。先ほどの変貌は、その龍神の力によるものだ」

「龍神……」


 つぶやいた花は、続く言葉が出てこなかった。

 つくもの九代目主人である八雲には、つくもの初代主人であった、あやかしの血が流れている。

 けれど政宗には、それよりも濃く……人とは違う、神獣の血が流れているのだ。

 花は政宗が恐ろしい獣に変貌したのだと思ったが、あれは龍神の力を持つ政宗の、もうひとつの姿だった。

 赤い目と髪、腕に浮かび上がった銀色の鱗。

 そして花の腕を掴んだ、鋭く尖った爪の生えた手……。


「花、本当に大丈夫か?」

「あ……は、はい。だ、大丈夫です……」


 花はなんとか返事をしたものの、未だに状況を飲み込むことができずにいた。

 それほど、恐ろしかったのだ。

 花は生まれて初めて、この世のものではない大きな力に抑えつけられる恐怖を感じて、動くことができなかった。

 つくもに来てからというもの、様々な付喪神や神様に出会い、多くの貴重な経験を積んできた。

 しかし、先程のように命の危険を感じることは一度もなかった。

 御神水のおかげで腕の傷も痛みも癒え始めているのに、身体の震えは少しも治まる気配がない。

 
「す、すみません。すぐに落ち着きますから」


 花はこれ以上八雲に心配をかけまいと、必死にヘラリと笑ってみせたが、上手く笑えているかは自分でもわからなかった。

 そんな花の様子に、八雲は酷く胸を痛めていた。

 人一倍食い意地が張っているが常に前向きで、どんなことにも怖気づくことなく立ち向かってきた花だ。

 付喪神専用の宿で働くことになってからも、笑顔を絶やすことはなかった。

 そういう花に、八雲は知らず知らずのうちに心の壁を崩され、遠ざけていた"人"との関わりを前向きに考えるほどにまでなっていた。