「花、大丈夫か?」
「へ……?」
「助けに来るのが遅くなって、本当にすまなかった」
花がようやく我に返ったときには、目の前に八雲の綺麗な顔があった。
動揺のあまり、八雲が自分の目線にしゃがみ込んだことにも気付けなかったのだ。
今の花の顔色は、蒼白だ。
指先も、氷のように冷たくなっている。
「掴まれていたのは、左腕だな」
「え……」
「爪痕が残ってしまったか……。神獣に付けられた傷は治りにくい。今すぐに手当をしよう」
神獣? 何それ?
などと、花が聞き返す間を八雲は与えてくれなかった。
花の腕を優しく持ち上げた八雲は目を閉じると、静かに何かを唱え始めた。
(あ……)
そうすれば、手鏡を出したときと同じように、八雲の手のひらが白い光をまとい出した。
「これは……?」
「御神水だ。これで傷についた穢れを祓う」
八雲が神術によって取り出したのは、硝子細工の美しい小さな瓶だった。
中に入っていたのは御神水と呼ばれる透明な液体で、八雲は瓶の蓋を開けると、それを花の腕にとても優しく振りかけた。
「あ……傷が……!」
すると、たった今政宗につけられた傷が淡い光を放ち始める。
「このまま一時間もすれば、爪痕も痛みも消えるはずだ」
八雲の言葉を肯定するように、御神水を振りかけられた腕はまるでやわらかな陽の光に包まれたように暖かく、心地よかった。
心なしか、早速爪痕が薄くなったような気がする。
その様子を不思議に思いながら見ていた花は、ゆっくりと八雲へと目を向けて「ありがとうございます」とつぶやいた。
「花が礼を言う必要はない」
再び目が合えば、八雲は長い睫毛を音もなく伏せてしまう。
早鐘を打つように高鳴っていた鼓動が落ち着き始めたことに気づいた花は、意を決してたった今抱いた疑問を八雲にぶつけた。