「や、八雲さん……っ」


 絞り出した声は震えていた。

 対して、獣に姿を変えた政宗に腕を掴まれている花を見た八雲は、眉根を寄せると鋭く政宗を睨みつけた。


「……政宗、今すぐその手を離せ。花は俺の妻となる女性だぞ」


 放たれた声には、これまで一度も聞いたことのないような憤怒と牽制が滲んでいた。

 低く地を這うような声音に部屋の中は静まり返り、再び花の耳には自分の呼吸音と鼓動の音だけが響いている。


「ク……ッ、フッ、ハッ。ギャハハッ、くだらねぇ‼」


 凪いだ海のような沈黙を破ったのは、政宗の心底周りを馬鹿にした笑い声だった。


「……っ!」


 同時に、花の腕を掴んでいた手が離される。

 腕には爪痕が残り、わずかに血が滲んでいた。


「八雲……仮にもし、コイツを少しでも大事だと思うのなら、一刻も早くこんな場所から出してやるべきなんじゃねぇのか?」


 政宗の口から吐き出された言葉に、八雲がそっと目を細める。

 直後、赤く色づいていた政宗の目と髪、銀色の鱗と爪が、ゆっくりと元の状態に戻っていった。


「テメェにはガッカリしたぜ。まぁせいぜい、このバカな女に逃げられねぇようにすることだな」


 もう完全に人の姿に戻った政宗は、すれ違いざまに八雲にそう言い残すと、傷ついた花を一瞥することもなくひとりで部屋を後にした。


「ま、政宗しゃま……っ! お待ちくださいっ」


 そんな政宗を、ニャン吉が慌てて追いかける。

 部屋に残された花と八雲は、去り行くふたりの背中を視線で見送ることしかできなかった。

(な、何……? 今、何が起きたの?)

 相変わらず花の心臓は、ドクン、ドクン、と大きく脈を打ち続けている。

 自分は今、夢でも見ていたのかと不安になった。