「す、すみません……。政宗しゃまは、昨日までと同じ通りの行動をなさるかと思います」

「そう……」


 ニャン吉の返答に、花は思わず苦笑した。

 やっぱりね、なんて言ったらニャン吉を余計に落ち込ませることになるので、流石に口にすることはできない。

(どうしたものか……)

 政宗はこれまで、仕事開始時間に部屋を出てきたことがないのだ。

 大抵、花が仕事を始めてから一時間ほど経った頃にやってきて、『何をすればいいのか簡潔に言え』と偉そうに命令し、あーだこーだと二言三言文句を言ってから任された分の仕事を始める。

(現世に行きたいって言ってたけど、ほんとにやる気あるのかな?)

 そんな政宗を前に、花はこれまで何度もそう思った。

 政宗の言動と振る舞いからは、目的に対する本気も危機感も感じられないのだ。

(本当に現世で生きていきたいって思ってるなら、もっと必死になるはずだとも思うんだけど……)

 政宗が何を考えているのか、花にはサッパリわからない。

 しかし花自身も、政宗に話を聞きたいとはとてもじゃないが思えなかったので、結局今日までダラダラと時間だけが過ぎてしまった。


「は、花しゃま! 政宗しゃまの代わりに僕が一生懸命がんばりますので、なんなりとお申し付けくださいませ!」


 黙り込んでしまった花を見て気が焦ったのか、ニャン吉がまたオロオロと慌てだした。

 ハッとして花が視線を上げれば、眉をハの字に下げたニャン吉と目が合う。

 瞳は、うるうると濡れそぼっている。

 ピンク色の肉球がついた手はギュッと握られ、ほんの少し震えていた。


「黒百合しゃまは大旦那しゃまの補佐のため、神成苑に帰ってしまわれましたし、政宗しゃまのことは若旦那補佐である僕が責任を持ちますので!!」


 ニャン吉のその言葉の通り。

 初日にアレコレと説明にやってきた硯の付喪神である黒百合は、『ワイは他にもたくさん仕事を抱えておりますので』と言って、さっさと神成苑に帰ってしまった。

 なんでも、遠くからでも政宗の働きぶりは見ているということだ。

 実際、どう監視しているのかはわからないが、神術などの不思議な力を使えば難しいことではないのだろう。

(まぁ、付喪神様だしね……。千里眼みたいな? なんか、すごい力があるんだろうなぁ)

 うーん、と唸った花は、再度ニャン吉へと目を向けた。

 ニャン吉は政宗のフォローをする気満々で張り切っているが、花の胸の内は複雑だ。

 それはこの一週間、ずっと花の心の中で燻っていた懸念でもあった。