「はぁ〜〜。頭が痛い……」
花が目を覚まして早々に窓を開ければ、心地のよい五月の風が躍り込んだ。
しかし心は、一足先に梅雨を迎えた空のようにどんよりと曇っている。
箱根にある温泉旅館『神成苑』の若旦那である政宗がつくもで働くようになってから早一週間。
初日のインパクトを超えるトラブルこそ起きてはいないが、政宗の勤務態度は最悪と言っても過言ではなかった。
(いや……正確には勤務態度以前に、人に対する態度っていうか、口が悪すぎるというか、とにかく偉そうというか、なんというか)
「はぁ」と溜め息をついた花は、鏡台の前で身支度を整えながら、この一週間の出来事を思い出していた。
『ここでは政宗には、仲居の仕事をしてもらおう』
──無事に八雲の許しを得て、つくもに住み込みで働くことになった政宗は、八雲の采配で花と同じ仲居の仕事を任されることとなった。
期間は二ヶ月。その間に『現世でひとりで生きていけること』を示さなければ、強制的に神成苑に連れ戻されることが決まっている。
もし連れ戻されれば、政宗の『若旦那を辞めて現世で生きる』という夢は潰え、黒百合曰く『死ぬまで籠の中の鳥』になるということだ。
つまり、政宗にとってここでの生活は今後の人生を大きく左右するターニングポイントになることは間違いない。
「ハァ……」
しかし肝心の政宗はといえば、危機感を持っているのかいないのか、とにかく横暴な振る舞いをやめなかった。
まず、初日に花と同じく仲居として働くように言われたときの反応がこうだ。
『一瞬でも、こんな女と同列になるなんて黒歴史確定だな』
『八雲の嫁候補だかなんだか知らないが、ブスが調子に乗るな、視界に入るな、目が腐る』
あまりの言い草に、八雲がすぐさま『口を慎め』と諌めたが、政宗は謝るどころか悪びれる様子もなかった。
代わりに若旦那補佐を務めるニャン吉が、『度重なるご無礼、誠に申し訳ありません』と花に頭を下げた次第だ。