「ひとつ、大旦那様の補佐として補足をさせていただくと、大旦那様は、"本当にひとりで現世で生きていくつもりがあるのなら、まずは別社会で生きていけるかどうかを示してみせろ"と、政宗坊に仰ったわさ」
また着物の袖で口元を隠しながら、冷静に言葉を足したのは黒百合だ。
話を聞いた花とちょう助は、またポカンと口を開けて固まってしまった。
八雲と黒桜は相変わらず苦々しい顔をしている。
ひとり──招き猫の付喪神であるニャン吉だけが、大きな黒目を潤ませて、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「……正気なのか、政宗」
数秒後、沈黙を破ったのは八雲だ。
八雲は神妙な面持ちで、政宗を静かに見つめた。
「ああ? 正気なのかって? 当たり前だろうが! 正気だからこそ、俺は若旦那を辞めると親父に宣言したんだ!」
対する政宗は再び怒りを顕にすると、声を荒げて八雲に食ってかかった。
「そもそも俺からすれば、お前のほうが正気には見えねぇぞ、八雲!」
「……なんだと?」
「ケッ、大旦那の息子だから、宿を継がなきゃならねぇだ? それがこの世界の理であり、先祖代々守るべき決まりで、仕来りだって? くだらねぇ。どう考えたって馬鹿馬鹿しい話だろう。どうして会ったこともない先祖とやらに、俺の未来を決められなきゃなんねぇんだ!」
まくし立てるように言った政宗は、ギリギリと歯を食いしばった。
反対に、それまで一貫して堂々と立ち振る舞っていた八雲が怯む。
八雲はそのあと言われることにも、察しがついたようだった。
「嫁とりに関してもそうだ! 結婚するかしないかなんて、そんなもんは個人の自由だろう⁉ お前だって本当は、そこの古狸や宿帳にそそのかされて、仕方なく体裁を繕ってるだけなんじゃねぇのか?」
政宗の鋭い指摘は当たらずとも遠からず。
というより、ほぼ当たっていた。
そうなるといよいよ、八雲は口を噤むしかなかった。