「あ、あの──」
と、不意に、堪りかねたように手を上げたのは、ちょう助だ。
「ちょっともう、何がなんだかよくわからないので、わかりやすく説明してもらえると助かるんだけど……」
(ナイス、ちょう助くん!)
花は内心でちょう助を褒め称えた。
とにかく話を先に進めてほしい。そうでなければ一向に、この状況から抜け出せない。
「ゴホン。では、わしが順を追って説明しようかの」
そうして、ちょう助の思いに応えるべくぽん太が動いた。
ぽん太は静かに電話を切ると、自慢の腹太鼓をポン!と叩いてから事の次第を語り始めた。
「まず、御一行の説明からかの。こちらさんは、箱根にある温泉旅館、"神成苑"のものたちじゃ」
「神成苑?」
「ああ。神成苑は、つくもと同じ現世と常世の狭間にあって、八百万の神々やあやかしが泊まりに来る、かなり大規模な旅館なんじゃよ」
花は驚いた。つまり、付喪神専用の温泉宿であるつくもと似たような宿が他にもあったということだ。
「それで、こちらはその神成苑の若旦那を務めている神楽 政宗じゃ。で、こっちは招き猫の付喪神のニャン吉。そして……」
「ウフフッ。お初にお目にかかります、八雲坊のお嫁様。改めまして、ワイは硯の付喪神の、黒百合と申します。以後、お見知りおきを」
「え……っ!」
そのとき、予告なく黒百合が動いた。
何故か花に詰め寄り、鼻先と鼻先が触れ合う距離で微笑んだのだ。
「わ、わわ……っ」
さすがの花も、驚いて後ろに引っ繰り返りそうになった。
足音すら聞こえずに、一瞬で目の前に黒百合の綺麗な顔が現れたのだ。
(ビ、ビックリした……)
宙に浮いているから足音が聞こえないのは当然かもしれないが、ただの人である花にとっては心臓が飛び出しそうになる出来事だった。