「食べる前に蒸し器で蒸し直すか、電子レンジで袋のまま温めると、より美味しくいただけるみたいです」


 バターを塗って、オーブンで三・四分焼いても、また違った味わいが楽しめていいらしい。 


「いつもいつも、黒桜さんには助けてもらってばかりなので。蒸しパンなら、お仕事をしながらでも手軽に食べれるかなと思ったんですけど……」


 花の言葉に、黒桜はきょとんと目を丸くして固まっていた。

 そして、ふと花の後ろに立っていた八雲へと目を向ける。

 八雲は黒桜と目が合うと、何を言うでもなく口元に柔らかな笑みをたたえた。

 手提げ袋の中には、種類の違う蒸しパンが三つ入っている。

 花のことだ。きっと、黒桜ならどれを気に入るか、散々吟味して決めたのだろう。

 そのときの様子を想像した黒桜は、そっと優しく目尻を下げると、「嬉しいです、ありがとうございます」と応えてはにかんだ。


「ここの蒸しパンの噂は(かね)てより聞いていたので、一度食べてみたいと思っていたんです」

「そうだったんですね……! それなら良かったです!」


 黒桜の返事に、花はホッと息をついた。

 喜んでもらえたなら、買ってきた甲斐があるというものだ。

 思わず目を合わせた花と八雲は、お互いに顔をほころばせた。

 ──リリリン、リリリン、リリリン、ジリリリリ。

 と、その直後、つくもの黒電話の音が、玄関ホールに忙しなく鳴り響いた。


「あ……すみません、お客様からの電話かもしれません」


 すぐに反応した黒桜が電話を取ろうと動いたが、


「よいよい、わしが出る」


 二本足で歩いて喋る、モフモフのたぬき姿に戻ったぽん太がそれを制して、呪文のようなものを唱えた。

 そうすれば、ボンッ!という効果音とともにぽん太の目の前に黒電話が現れる。

 受話器を手に取ったぽん太は、慣れた様子で電話に出た。


「はい、こちら熱海温泉♨極楽湯屋つくもですじゃ」


(もしかして、お客さんからの予約の電話かな?)


 当日の宿泊予約は滅多にないが、もしもの可能性もある。

 花はごく自然に、会話の内容に耳を澄ませた。