「私……これまで、自分が何になりたいとか、具体的な夢を持ったことってないんですよね」
ぽつりと本音を口にした花は、そんな自分を情けなく思いながら苦笑いをこぼした。
友人たちの中にはすでに結婚して家庭を持ち、子供を産み育てている子もいる。
中には自分の夢に向かって、ひたむきに突き進んでいるものもいた。
そんな中で花は、自分だけが立ち止まったまま前に進めていないような気がしているのだ。
現実の世界では二十五歳・無職、実家暮らしの独り身なのだから、頭を悩ませるのも無理はなかった。
「だから今、何を願ったらいいのか──」
「別に、花に限らず、夢を持たずに生きている人間など五万といるだろう」
「え……」
「だから焦る必要はない。生きている限り、いつでも夢は持てるし追いかけられる」
そのとき、不意にかけられた八雲の言葉に、花はハッとして顔を上げた。
穏やかにこちらを見る八雲の優しい目と目が合う。
ふわりと心に小さな花が咲いたような気持ちになった花は、改めてお地蔵様へと目を向けた。
「生きている限り……」
いつでも夢を持つことはできるし、夢を追いかけることもできる。
焦って、自分を見失っては本末転倒だ。
少し心が軽くなった花は、そっと顔を綻ばせると再度八雲を見上げて微笑んだ。
「確かに、そのとおりかもしれません。ありがとうございます、八雲さん!」
そうして花は、お地蔵様に手を合わせると、"いつか夢が見つかりますように"とだけ願った。
そんなふたりのやり取りを、ぽん太とちょう助は一歩下がった場所で微笑ましく思いながら見守っていた。