「黒桜さんに喜んでもらえるものを買って帰りましょう!」


 花が声高に言えば、八雲はヤレヤレといった様子で息を吐いた。


「だが、仰々しいものを買って帰れば、逆に黒桜を恐縮させてしまうかもしれないぞ」

「それは……確かにそうかもしれませんね……」


 そうして一行は、黒桜への土産探しのために再び商店街を歩き始めた。

 するとしばらくして、一行の一番前を歩いていた花は、"あるもの"を見つけて足を止めた。


「う〜ん……。改めて考えると、あれもこれもおいしそうでなかなか決まりませんねぇ……って、あれ?」


 賑やかな商店街と、通り過ぎる人々を静かに見守っているお地蔵様だ。

 なんとなく目を引かれた花は、ふらふらとお地蔵様の前まで歩を進めて立ち止まった。


「これって……」

「おお、手湯・福福の湯か」

「手湯・福福の湯?」

「ああ、ここでは足湯ならぬ手湯を楽しめるんじゃよ。さらに、そこにいる地蔵さんにお湯をかけると、夢が叶うと言われていてのぅ」


 ぽん太の説明を聞いた花は、そばに立てられた看板の文字を眺めた。

 確かにぽん太の言うとおりのことが書いてある。

 しかし、足湯はよく耳にするが、手湯というのは初めて聞く言葉だった。


「せっかくじゃし、花も地蔵さんに湯をかけてみたらどうじゃ。ご利益をいただけるかもしれんぞ」

「ご利益ですか……」


 つまり、ここで願うべきことは、自分の『夢』についてということだ。

 花は俯いて、考え込んだ。


(夢……。私が叶えたい夢ってなんだろう)


 幼い頃から父に男手ひとつで育てられ、大学を卒業したあとは都内にある大手企業に就職した。

 だが、そこで思わぬトラブルに見舞われ、花は仕事だけでなく住む家を失い、ここ、熱海の地に流れ着いたのだ。

 以前の職場では、とにかくがむしゃらに働いていた。

 田舎暮らしをしている父を、とにかく安心させたいという一心だった。