「あ……じゃあ、せっかくなので、黒桜さんに何かお土産を買って帰りましょうよ!」
日頃のお礼も兼ねて。
けれど、花が表情を明るくして言えば、隣に立つ八雲が眉根を寄せて苦言を呈した。
「前にも言ったが、熱海にいるものに、熱海のものを買って帰っても意味がないだろう」
確かに以前にも、花は八雲に同様の指摘をされたのだ。
そのときは八雲の言うとおりだと思って花は諦めたが、今回は事情が違う。
「でも今日は、私達が熱海観光を楽しんでる間、黒桜さんはひとりでお留守番してくれてるんですよ? だからお礼としてお土産を買って帰りたいんです。それって、意味がないことじゃないですよね?」
花が身を乗り出して言えば、八雲は虚を突かれたような顔をして口を噤んだ。
「今日は、黒桜さんに"ありがとう"って気持ちを込めて、お土産を買っていくんです。労いとか感謝って、きちんと言葉や行動にして表さないと、相手に伝わらないときもあると思います」
花の真っ当な反論に、八雲は黙り込んだ。
そしてしばらく花の顔を見つめた後、諦めたように息を吐いて瞼を閉じた。
「ハァ……。仕方がないな。好きにしろ」
フイッと顔を横に逸らしたせいで見えた耳が赤い。
けれど肝心の花は返事に浮かれて、八雲の心の機微には気づかなかった。
「ありがとうございます!」
花が浮足立つのも仕方がない。
以前の八雲なら、今の花の言葉を聞いても「必要ない」と一刀両断して終わりだっただろう。
それが今ではきちんと花の話を聞き、譲歩して意向を汲んでくれる。
花は、そんな八雲の変化がたまらなく嬉しかった。
(初めて会ったときは、私の顔なんて見たくもないって感じだったのにね)
「ふふっ」
思わず、花の顔が綻ぶ。俄然、お土産物選びに気合が入るというものだ。