「め、迷惑なわけないじゃないですか。わかってるくせに!」
「それなら……」
「で、でも! 父に結婚することを伝えるのが緊張するって私の気持ちも、少しはわかってくださいよ……」
結局、気がつけば花は八雲に懐柔されてしまうのだ。
この一週間、こんなことが何度もあった。
だけど嫌な気がしないのは、八雲が常に花を想い、大切にしてくれているからだろう。
そして花自身も八雲を大切に思い、心から愛しいと思うのだ。
「……そういう顔をされると、今度は俺が強く言えなくなるだろう」
「え……?」
「しかし、今回のことは譲れない。では、繁忙期が過ぎたら、ふたりでご挨拶に伺わせていただこう。お父さんには、その前に花からも連絡を入れておいてくれ」
言葉と同時に、八雲は花の唇に触れようと身をかがませた。
慌てて目を閉じた花はキスに備えたが、またあと一歩というところで、いらぬ茶々を入れられる。
「あー、さっきからやけに宿の中が暑いですねぇ」
「そりゃ、季節は夏だからのぅ」
「今日のデザートはかき氷にでもしようかな?」
「いいですねぇ、是非、あちらのふたりに負けないくらいに、甘いシロップ多めでお願いします」
相変わらずの三人だ。
花と八雲が声のしたほうへと目をやれば、今日もニヤニヤとこちらを眺めている三人の見慣れた顔があった。
「ぽん太さん、黒桜さん、ちょう助くん、そこで何してるんですか……」
「いやいや、こちらのことは気にせずに、どうぞ続けるといい」
「つ、つ、つ、続けられるわけないですよね!? もう、いい加減にしてくださいーー!」
空は、快晴。今日も熱海の空と海は青く澄み渡っている。
──ここは、熱海にあるちょっと不思議な温泉宿。
日常に疲れた付喪神たちが、日頃の疲れを癒やしにやってくる、現世と常世の狭間にある温泉宿だ。
「まぁまぁ、そう小さいことは気にしなさんな。長い人生、気長に楽しくやっていこう」
全国の付喪神の皆様、いつもお勤めご苦労様です。
熱海温泉♨極楽湯屋つくもは今日も笑顔で、営業中です──。
fin♨
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