「いやいや、だからですね。そんな急に八雲さんが現れたら、多分うちの父は倒れて寝込んじゃうと思うんです」
夏真っ盛りのつくもの中では、今日も威勢のよい声が響いている。
「だが、どちらにせよ花を貰い受ける前に挨拶に行かねばならないだろう?」
「う……そ、それはまぁ、そうなのかもしれないんですけど……。まずはひとつずつ手順を踏んで、それから父に挨拶に行くべきだと思うというか、なんというか……」
顔を赤く染めながら花がモゴモゴと答えれば、八雲はヤレヤレといった様子で腕を組んで片目を細めた。
「その手順とは、なんの手順だ」
「そ……っ、それはもちろん、私に彼がいることを父に伝えてから、あれこれと父にも心の準備をしてもらって……」
「いや、彼というのは、もうおかしいだろう。俺と花は夫婦になるのだから、婚約者として正式に花のお父さんにご挨拶に伺いたいと、俺は昨日からずっと言い続けているんだが」
いつの間にか壁際に追い詰められた花は完全に逃げ道を失って、背の高い八雲を見上げた。
八雲に想いを告げられてから、早一週間。
花にすべてを打ち明けたことで八雲の中で何かが吹っ切れたのは明白で、八雲はこれまでのことが嘘だったかのように、花に饒舌に迫るようになっていた。
「だ、だからっ。そうやって極上の顔面で迫るのズルいです‼」
「俺としては普通に尋ねているだけだ」
「嘘つき!」
「嘘じゃない。俺は一日でも早く、花のお父さんに認めて貰いたいと思っているだけだ。……それは、花にすれば迷惑なことか? いらないことか?」
「う……っ」
顔を覗き込むように尋ねられ、花は思わず声を詰まらせた。
(こ、この緩急をつけてくる作戦、ほんとにズルい‼)
完全に惚れた弱みだ。
いつもはポーカーフェイスを貫く八雲が、ときどき今のように甘えた声を出してくるのに花はスッカリ弱くなっていた。