「ハァ…………なんのために、わざわざつくもを出てここに来たのか」
八雲の口から悩ましい溜め息が溢れる。
八雲も今さら、このふたりに何かを言っても無駄なのだと嫌というほどわかっているのだろう。
そもそも、花がつくもで八雲の偽物の嫁候補兼仲居として働くことになったのも、このふたりの策略にハメられたからだった。
「そう考えると、余計に憎めないのが非常に悔しい……」
「なんじゃ、花。今何か言ったかの?」
いいえ。言ってません。
そんな意味を込めて花が溜め息をつけば、頭上の穴からニョキッと、黒桜の手が伸ばされた。
「さぁ、花さん、八雲さん。今日はこれから、つくもで宴会といたしましょう!」
「え? でも、お客さんたちがいるのに宴会なんて……」
「なになに。ふたりが正式に婚姻を結んだと言えばいいら!」
「今日のお客様たちは、みんな、宴会好きだしね〜」
両手を掲げた黒桜とぽん太の手には、ちゃっかりと熱海の地酒、純米酒の酒瓶が持たれていた。
「……ふたりとも、準備が良すぎるだろう」
「先日、政宗の土産にどうじゃと勧めたら、自分でも飲みたくなってのぅ〜。今日は皆で盛大に飲んで騒いで、祝い酒といこうじゃないの!」
満面の笑みを浮かべたぽん太を見て、花は思わずつられて笑った。
相変わらず、賑やかで騒がしい付喪神様たちだ。
だけどとても温かくて、彼らのそばはいつだって居心地が良い。
「もう……仕方ないですね。八雲さん、諦めて帰りましょうか」
花が隣の八雲を見上げて言えば、八雲は花の手を握り返して「そうだな」と微笑んだ。
「皆で一緒に、つくもへ帰ろう」
夜空には再び、見事な花火が打ち上がる。
地面を蹴ればフワリと身体が宙に浮いて、今なら星が煌めく夜空の中にも飛んでいけるような気がした。