「それに……アイツ、俺に嫌気が差したら、そのときは花を嫁にしてやろうなどという戯言を、俺の前で堂々と……」

「そ、それって……。もしかして、ヤキモチですか?」

「うん?」

「あ……い、いえ。もしかして、そうかな〜〜って思ったんですけど。すみません、それはさすがに調子に乗りすぎですね」


 真っ赤になった花が慌てて顔を逸らせば、小さく笑った八雲の唇が花の耳元に寄せられた。


「……ああ、妬いた」

「……っ!」

「それで俺は、まんまと花への想いにブレーキがかけられなくなって、一刻も早く花に自分の想いを伝えたくなったんだ」


 吐息が頬に触れる距離で囁かれ、花は思わず身を強張らせた。

 血液が沸騰したみたいに身体が熱い。

 このままでは真夏のかき氷のように溶けるか、心臓が爆発して、あの世に嫁ぐはめになるかもしれない。


「や、八雲さん、あの……っ」

「なんだ?」

「ち、近いですし、それ以上ドキドキさせるのやめてくれませんか……!」


 しかし花の必死の抵抗も、一度火がついた八雲の可逆心を煽るだけだった。


「そんなに可愛い表情は、俺以外の前でするなよ。花、これからはいつでも俺のそばに──」


 ところが。

 そう囁いた八雲が、花の唇に触れようと身を屈ませた──瞬間。


「こ、こ、恋の花火が打ち上がっとるーーーーー‼」

「バンザーーーーイ‼ これはもう、今日は朝まで飲み明かしましょう!! いざ、宴の準備ですね‼」


 唐突に、聞き慣れた声が頭上で響いた。

 花と八雲が弾かれたように上を見れば、ぽっかりと空中に空いた穴から、ぽん太と黒桜、そしてちょう助が顔を覗かせていた。

 
「ダ、ダメだよ、ふたりとも。花と八雲さんの邪魔をしちゃ!」

「いやいや、そうは言ってもなぁ、ちょう助」

「ここまでの道のりを思えば、黙って見ているなど到底できやしませんよ」


 感慨深そうに語るぽん太と黒桜を見上げたまま、花は頭から湯気でも出るんじゃないかというほど顔を真っ赤に染め上げた。


「な、な、な、な……っ! 一体いつから見てたんですか、何してるんですか、ほんといい加減にしてくださいよっ‼」


 思わず花が叫べば、タイミングよくドーン!と大きな花火が夜空に打ち上がった。


「ほんにすまんのぅ。もう気になって気になって、最初からこっそり覗き見ていたんじゃが、いよいよ我慢ができなくなってしまっての」

「さ、最初からって……。いや、もうここまで来たなら我慢しててくださいよ! それで何も見なかったことにして、人知れず去ってくれてたらまだ幾分かマシだったんですけど……!」

 花の悲痛な叫びが闇夜に響く。


「花さん、それは無理な話です。私とぽん太殿が、ふたりの思いが通じ合ったことを知って黙っていられるはずがないでしょう?」

「いやいやいや、そこ、開き直らないでくれますか⁉」

「だけど俺は、花と八雲さんがくっついてくれて、めちゃくちゃ嬉しいよ! だってこれから、花とずっと一緒にいられるってことだもんね!」

「ちょ、ちょう助くん……は、可愛すぎるから責められない……っ」


 ついでに、花には時を戻したいと思っても戻せるような力もない。

(っていうか、全部見られてたって、普通に地獄なんですけど……! 地獄に行くより、地獄なんですけど!!)

 心の中で叫んだところで、後の祭りだ。

 チラリと隣の八雲を見れば、八雲はこれまでになく無表情かつ冷酷な表情を浮かべて、ぽん太と黒桜を見上げていた。