「だから、花。これからも俺のそばにいてほしい。偽の花嫁候補などではなく、正式な花嫁として、俺のそばにいてくれないか?」


 頭上には、無数の星々が輝いている。

 眼下には宝石を散りばめたような熱海の夜景が、そして夜空には美しい花火がいくつも咲いていた。


「わ、私……。ようやく今、自分の夢が見つかったかもしれません」

「夢?」

「はい……。もうずっと、私は自分が夢を持ったことがないってことに不安になっていたけど。今……ようやく、叶えたい夢が見つかりました」


 そこまで言うと、花はキュッと唇を噛み締めてから、真っ直ぐに八雲を見上げた。


「私、八雲さんを幸せにしたいです。つくものこととか、あやかしの子孫だとか、そんなことは気にするのも馬鹿馬鹿しいことだって。そう思えるくらい、笑顔でいられる日々を、私が八雲さんにあげたいです」


 自分以外の誰かを幸せにしたいと思ったのは、人生でこれが初めてだった。

 八雲が抱える悩みも苦しみも、全部一緒に背負っていきたい。

 いつだって自分が、八雲に笑顔の花を咲かれられる存在になりたいと、花は心から思った。


「それに、今の私はつくもが大好きだから。つくもにやってくる、ちょっと変わった付喪神様たちが、また元気に現世に笑顔で帰れるような……。そういう、おもてなしができる人になりたいです。ふたつとも、私が初めて抱いて、必ず叶えていきたいと思った私の夢です」


 言葉にしたら、何故だか自然と涙が溢れた。

 同時に、花の顔にこれまでで一番美しい笑顔の花が咲く。


「これからはもう……偽物の花嫁候補としてではなく、本物の花嫁候補として、八雲さんの隣にいてもいいですか?」


 花が尋ねれば、八雲の優しい指先がそっと、花の目尻に光る涙を拭った。


「ああ。この先は、俺の愛しい花嫁として、俺の隣にいてほしい。花を一生大事にすると誓う。だから、これからも俺のそばにいてくれ」


 そっと花の指先を持ち上げた八雲は、手の甲に触れるだけのキスをした。

 高鳴る胸の音はもう、どちらのものかわからない。

 それでも今、こんなにも鼓動の音が心地よく、幸せに感じるのは、ふたりの心がようやく重なり合ったからだろう。


「……なぁ、花。これからは、政宗には俺のいないところでは必要以上に近寄らないでくれ」

「え?」


 と、不意に口を開いた八雲はそう言うと、何故だが眉間にシワを寄せて難しい顔をした。


「八雲さん?」

「まさか自分の中に、こんな感情があるとは思わなかったが……。政宗が花に触れるのは、腹が立つ。そしてそれ以上に、花が政宗に触れるのは腹が立って仕方がない」


 思いもよらない言葉に花が目を見張れば、久々に八雲が眉根を寄せて舌を打った。