「それに、もうひとつ……。俺には、花に話しておかなければならないことがあった」
「話して、おかなければいけないこと?」
「ああ、俺の祖先……。つくもの初代となった、あやかしの話だ。花にはまだ、俺から話したことはなかっただろう?」
ゆっくりと身体を離した八雲は、改めて花と正面から対峙した。
つくもの初代のあやかしの話。
それは以前、ぽん太と黒桜からは聞いたことがあった。
「つくもの初代は、狐のあやかし……白狐だった」
「白狐……?」
「ああ。その白狐は、遥か昔に人間の女性と恋に落ち、婚姻関係を結ぶことを常世の神に許される代わりに"境界"という家名を授かり、現世と常世の狭間で付喪神専用の温泉宿、つくもを代々守り、商うという宿命を負った」
淡々と話す八雲の声が、僅かに曇る。
花は八雲の話を一言一句聞き逃すまいと、必死に耳を傾け続けた。
「だから花も知っての通り、俺にはほんの僅かではあるが、その初代の……つまり白狐の血が流れている。以前にも話したが、幼いころはそのせいで現世であやかしの子と言われて、自分とほとんど変わらないはずの"人"に忌み嫌われていた」
その話は以前に、八雲の口から聞かされたことだった。
つくもの九代目で、ほとんど人と変わらぬはずの八雲は、幼い頃に受けた不遇な扱いのせいで、自分と同じ人を嫌い、付喪神に心を寄せていたということだ。
「だから俺は……仮にもし、自分が誰かを妻として娶った末に、子を授かったとしたら。その子が自分と同じような思いをするのではないかと思い、長い間、嫁をとることを拒否し続けてきた」
思いもよらぬ八雲の思いを聞いた花は、驚きに目を見開いて固まった。
「じゃ、じゃあ、八雲さんが結婚に前向きじゃなかったのは、将来の自分の子を思ってのことだったんですか?」
「……ああ。そして一時期の俺は、自分がこんなことで悩む羽目になったのも、幼い頃に不遇な扱いを受けたのも、すべては見たことも会ったこともない、つくもの初代である白狐のせいだと考えていた」
八雲は、自分の先祖である白狐のことを長い間憎んでいたのだ。
(ああ。だから八雲さんは、前に大楠神社に行ったときに、稲荷社への参拝だけは頑なに拒んでいたんだ)
数ヶ月前に抱いた疑問がようやく解け、花は胸がすく思いがした。
あのときの八雲の不可解な行動には、やはりきちんとした理由があったのだ。
「俺は政宗が言っていたように、仕来りなんてくだらない、馬鹿げたことだと思っていたんだ」
そうして八雲はそこまで言うと、改めて花の手を両手で優しく包み込んだ。
「だけど今……どうしてか、花となら、そんなくだらない仕来りも、どうにでもなるんじゃないかと思えている」
「八雲さん……」
「このままつくもにいたら、いつかは政宗の母のように花にも辛い思いをさせることになるかもしれない。それでも俺は、花と共にいたいと思ってしまった。だからこれからは俺が花を守り、支えていくと今、誓う」
熱のこもった八雲の言葉と視線に、花は自分の身体が熱くなっていくのを感じた。
(こんなの……ズルい)
まさか、八雲が自分に対してこんなにも情熱的な思いを抱いてくれているだなんて、花はこれっぽっちも考えてはいなかったのだ。