「え……」
弾かれたように顔を上げれば、頭上ではなくほぼ目線の高さに大きな花火が打ち上がっているのが見える。
「わぁ……っ! 綺麗……!」
眼下には宝石を散りばめたような、熱海の美しい夜景が広がっていた。
海沿いに立ち並ぶ大きなホテルや旅館が、ここからだととても小さく見える。
「え……これって、もしかして熱海海上花火大会……?」
次から次へと打ち上がる、夏の夜空を彩る花火を前にした花は狼狽えた。
「ここは、熱海の山の上にある美術館の駐車場だ」
「美術館の?」
「ああ。地元では、熱海海上花火大会を観覧できる穴場として知られている。実際、花火と一緒に熱海の夜景を楽しめるところは早々ないからな」
目の前の手すりに手を置いた八雲は、穏やかな笑みを浮かべて花を見つめた。
花火の明かりに照らされた八雲の横顔が、ハッキリと目に映る。
それだけで花は何故だか無性に泣きたくなって、慌てて八雲から目を逸らした。
「た、確かに、花火と夜景を同時に見たのは初めてでしたし、花火を上から眺めるのも初めてです」
「……そうか。俺も、誰かとここでこうして花火を眺めるのは初めてだ」
「……え?」
「花が、初めてなんだ。相手の喜ぶ顔が見たいと思ったのも。一緒にこの美しい花火を見たいと思ったのも、俺にとっては花が初めてだ」
一瞬、夢でも見ているのだろうかと花は目を見開いたまま固まった。
空耳かもしれない。
けれど、未だに繋がったままの手は温かく、心地がいい。
「不思議だな。もうスッカリ見飽きていたはずのものも、花と一緒にいたら新鮮で、いつもの何倍も美しく見える」
「そ、それって……」
どういう意味ですか?
と、花が聞くより先に、繋がれたままだった花の手を、八雲が強く引き寄せた。
「あ……っ」
「なぁ、花。本当は、俺も不安だったと言ったらどうする?」
「や、八雲さん……?」
「花の気持ちを聞くのが怖かった。花がつくもに居続けることで、いつか辛い思いをするかもしれないと思ったら、いつの間にか言いたいことも言えないまま今日を迎えてしまった」
そこまで言った八雲は、「俺がハッキリしないばかりに、花を不安にさせて悪かった」と、花を抱きしめる腕に力を込めた。
(温かい……)
八雲に抱きしめられるのは、これで三度目だ。
優しく、力強い腕と温もりは、いつだって心地が良くて温かく、自然と花の目には涙がにじむ。