「政宗もニャン吉くんも、元気でね」

「はいです!」

「おおー、そういえば神成苑の皆に土産を買って帰るのを忘れんようにな」


 思い出したように言い添えたのはぽん太だ。

 ぽん太の助言を受けた政宗は、面倒くさそうにガシガシと頭を掻くと、煩わしいといった調子で短く息を吐いた。


「ぐじぐじ悩んでもしょーがねぇし、熱海の地酒でも買って帰るかな」

「いいですね。確か縁日のときに、光秀殿はいつか政宗坊と酒を飲み交わしたいとも言っていたので、ちょうど良いのではないでしょうか」


 フフッと意地悪な笑みを浮かべた黒桜は確信犯だ。

 政宗は「ケッ」と顔を横に逸らして眉根を寄せたが、その様子は満更でも無さそうだった。


「政宗が神成苑に帰ってきたら、光秀さんだけじゃなくて、従業員みんなも喜ぶね」


 花が顔を綻ばせる。

 すると政宗は、改めて花の顔をマジマジと見つめたあとで、チラリと横に立つ八雲の顔を伺った。


「ほんと……お前は変な女だな」

「はいはい、それはもう聞き飽きたよ」

「でもまぁ、お前が八雲に嫌気が差したら、そのときは俺が嫁にしてやらないこともない」

「え?」


 聞き間違いだろうか。

 花がキョトンとして政宗を見上げていれば、みるみるうちに政宗の顔が真っ赤に染まった。


「と、とにかくだ! 今度はお前が神成苑に泊まりに来いよ。そのときは特別サービスで、美味いもんたらふく食わせてやるから!」


 結局、政宗は早口でそれだけ言うと、さっさと踵を返して花に背を向けた。

 夏風に靡いた髪の隙間から見えた耳は、やっぱり隠しきれない赤色に染まっている。


「じゃあな、花。またいつか」

「あ──っ」


 そうして次の瞬間、すべてを空に攫うような強い風が吹いた。

 驚いて花が目を閉じ、次に瞼を開けたときには政宗の姿もニャン吉の姿も花の前から消えていた。