「や、八雲さん?」

「そちらは大団円で何よりだ。それで政宗、お前はいつまでうちにいるつもりだ?」


 冷ややかな目で政宗を見つめる八雲は、淡々とした口調で尋ねた。

 政宗はたった今、若旦那を辞めずに、神成苑を継ぐつもりだと決意表明をした。

 だからもう、つくもで働く理由もないのだ。

 これから本格的に夏に入り、忙しくなるところで政宗とニャン吉がいなくなるのは人員的に大きな痛手。

 しかしそれは、同じ宿泊施設である神成苑でも同じだった。


「これから忙しくなるのだろう。さっさと帰ったらどうだ」

「ケッ。テメェも、そういう顔するんだなぁ、八雲」


 眉間に深くシワを寄せた八雲を見て、手をはたき落とされたはずの政宗は何故か面白そうに、ほくそ笑んでいる。

 花はそれを不思議に思いながら眺めていたが、八雲は心底面白くないといった顔をして舌を打った。


「なぁ、八雲。俺はガキの頃から、俺と同じ境遇にいるテメェに親近感を抱いていた。(いにしえ)からの仕来りに縛られ、人でありながら孤独を抱えたテメェを哀れんでもいた」


 一歩前に出た政宗は、口元に笑みをたたえて八雲を見る。


「だから八雲、テメェが、ここでの仕来りに従い、人間の嫁を娶ると聞いたときには驚くと同時に、腹がたった。だが…………」


 そこまで言った政宗は、不意に八雲のそばに立つ花へと目をやった。


「……こんなやつが相手なら、嫁を娶るのも悪くはないと思うのかもな」

「え?」

「花、ありがとな。感謝する。ほら、縁日の続き、まだまだ盛り上げんぞ。夜はこれからだ」


 八重歯を見せ、無邪気に笑った政宗を見た花は、再び顔を綻ばせた。

 祭りの夜は長い。遠くで、祭囃子が鳴っているのが聞こえたような気がした。


「うん! 一緒に頑張ろう!」


 それぞれの背を押すように風が吹く。

 夏の訪れを喜ぶ向日葵が、つくもの庭で大輪の花を咲かせていた。