「情けねえ。俺は、本当に母親のことを思ってやれるのは自分だけなんだと自惚れて……。結局、俺は守られるだけの、くだらねぇガキだったってことだ」

「そんなことない!!」


 反射的に叫んだ花は、強く握られていた政宗の拳を両手で包み込んだ。


「……っ、お前、」

「政宗は、本気でお母さんのためを思って怒ったんでしょう?」

「それは……」

「神成苑のことも、政宗は政宗なりに真剣に考えてた。ニャン吉くんが言ってたもの、政宗は神成苑の従業員、みんなに平等なんだって!」


 千切れてしまいそうな政宗の心を繋ぎ止めようと、花は必死に叫び続けた。


「政宗は自分のヒーローなんだって、ニャン吉くんは言ってたよ! それに、つくもで働く政宗は立派で、見習うところもたくさんあった!」


 花の言葉を聞いた政宗は、血が滲みそうなほど強く握り締めた拳から力を抜いた。


「亡くなったお母さんにも、ちゃんと政宗の気持ちは届いてたはずだよ。政宗のお母さんは確かに、最後の最後に辛い思いをしたかもしれない。だけど、政宗みたいに自分のことを大切に思ってくれる息子がいて幸せだったと思う! きっと、きっと……。だから生きてたら政宗に、『幸せになりなさい』って言うはずだよ!!」


 力いっぱい声を張り上げた花は、ハァハァと息を切らせた。

 目には薄っすらと涙が滲んでいる。

 花はその涙を払うように瞬きをすると、固まっている政宗を見つめて顔をほころばせた。


「だから政宗は、自分を責める必要なんてない。いつも通り、堂々としていたらいい」

「花……」

「それに、政宗はもう、自分がこれからどうしていきたいかわかってるんでしょう? 自分がこれからどうしたいのか……きっと、政宗の心には初めから決まっていた答えがあるはずよ」


 花の問いに、政宗はハッとして自分の足元へと目を向けた。


「政宗しゃま……」


 そこには今日も、真っ直ぐに政宗を見上げるニャン吉がいる。

 そしてその後ろには、政宗が愛した神成苑が……幻のように見えていた。


「政宗……」


 沈黙は、一秒にも、一時間にも感じられる。

 そうして、しばらく口を噤んでいた政宗は、ゆっくりと離された花の手を合図に、再び光秀へと目を向けた。


「……親父。俺が現世に行きたいって言った話。あれ、聞かなかったことにしてくれ」

「なんだと? だが……」

「もちろん、くだらない仕来りや、世間体がどうとかってことは、俺は引き続き容認はしないけどな。だけど、そういうもん全部含めて、これから俺が変えていく。俺はまだまだ半人前で、きっと親父のように上手くはやれないだろうが、それでもいつか……」


 いつか、いつの日か。


「親父の跡を継いで、コイツらがいる神成苑を守っていきたいと、もうずいぶん昔から思っていた」


 断言した政宗は、真っすぐに光秀の顔を見つめた。

 その目にはもう一切の迷いも感じられない。


「まぁ別に、神成苑の若旦那をやりながらでも、やろうと思えばYouTuberにだってなれるだろうしなぁ? なぁ、花?」


 ニッと口角を上げて笑った政宗を前に、花は一瞬キョトンとしたあと会心の笑みを浮かべた。

 そんな花を見て、政宗は優しく目を細めるとゆっくりと手を伸ばす。

 そして、その手を花の頭に載せようとしたのだが──、


「……気安く触るな」

「イテッ!? おい、何しやがる!」


 あと少しというところで、横から伸びてきた八雲の手が政宗の手をはたき落とした。